安定期に入ったある日のことだった。「番マッチングシステム」なる制度が開始されることが明らかになった。
αとΩの遺伝子情報を国が管理することも発表され、巷ではかなり騒ぎになっているらしい。
「……今さらですね」
子供たちが寝静まったあと、宗一郎さんと「番マッチングシステム」関連のニュースを詳しく見る。
「そうだなぁ。なんか、政府が運営するマッチングアプリのようなものらしいぞ」
「ずいぶん手軽な印象ですね」
以前から遺伝子情報は管理されているし、システムだって密かに運営されている。
祖父は大枚をはたいてその情報を得た。そのおかげで僕は宗一郎さんと結婚することが出来たのだ。
遺伝子の相性が良いからといって、必ず幸せになれるわけではないと思う。
僕はいま幸せだけど、それは宗一郎さんが素晴らしいひとで、努力をしてくれたからだ。
番マッチングシステムというのが良いのか悪いのかは分からない。実際に賛否両論があるという。
◇◇◇
「免疫不全が深刻なΩにとっては歓迎すべきものなのかもしれませんね。死んでしまっては、幸せも何もありませんから」
主治医の秋里が、患者様は神様です的な笑顔で番マッチングシステムの感想を述べる。
僕はいま、彼に自分自身とお腹の子の健康状態を確認してもらっているところだ。
今日で七度目の妊夫健診になる。赤ん坊は順調に成長しているようだった。
「マッチングアプリのようなものらしいじゃないですか。登録したくはありませんね」
βのように見えるし、実際にそう思っていたけど、このひとも僕と同じΩだ。
「……王子様みたいなひとが運命の番かもしれませんよ」
「王子様? 世間に疎い人間はどうもねぇ……」
肩をすくめながら、秋里が僕を見下ろす。かなりニヤニヤしている。
世間に疎いというのは、暗に僕のことを指しているのだろか。僕はこれでも日本有数の資産家の人間だ。
最近はずいぶんマシになったけど、結婚する前は一般常識からかけ離れた生活をしていた。
「自分の相手くらい自分で見つけますよ」
秋里が鼻で笑う。どうせ僕は自分の相手を祖父に見つけてもらいましたよ!
ふん、と顔を背けて診察室を後にした。
◇◇◇
その後、番マッチングシステムは驚きの早さで完成し、運用されることになった。
もともと存在するシステムなので、完成も何もないだろうと僕と宗一郎さんは思っていたのだけれど。
運用が開始されて数日後、秋里から電話がかかってきた。
ずいぶん慌てた様子で「どうしたらいいんでしょう」と繰り返すばかりだった。葵の離乳食を作りながら話を聞く。
ちょうど宗一郎さんが帰宅したので、秋里に許可をとってスピーカーに切り替える。
「それで、何があったんですか」
「……酔っていたんです」
秋里の声は震えている。酔っぱらって、事故でも起こしたのだろうか。
「秋里さん、今どこにいるんですか?」
宗一郎さんがネクタイを緩めながら秋里に確認する。
「い、いまは自分の部屋で……。昨日、酔って、それで勢いで登録してしまったんです……」
「登録ってなに? 詐欺サイトにでも引っ掛かったんですか? 案外ドジですね。そういうのは無視して大丈夫ですよ。まさか、もう金を振り込んだりしてませんよね」
宗一郎さんが親身だけれど的外れなアドバイスをしている。秋里の言う「登録」というのは、おそらく番マッチングシステムのことだろう。
「……相手、いたんですね」
確信を持って秋里に訊ねる。
「どんなひとでした? まさか本当に王子様とかじゃないですよね。もしかして女性ですか?」
αの女性はかなり少数だが、可能性はゼロではない。
「お、おとこだよ。ふ、ふつうのひと……」
宗一郎さんが「何のはなし?」という顔をしているので、簡単に説明をする。
「いいじゃないですか、普通でも。変じゃないなら」
秋里の相手にも興味があるけど、それ以上にどんなアプリなのか知りたい。相手の情報をどこまで知ることが出来るのだろう。
「相手のひとの顔写真とかあるんですか? 見せてくださいよ」
「……そういうのは、無い」
そうなのか。会ってみないと分からないんだな。
「ふつうのひとっていうか、子なんだ」
「え? 何ですか?」
「……お、おとこのひとじゃなくて。男の子なんだ」
へぇ、年下か。
「いくつなんですか?」
「じゅ、じゅうはち……高校生……」
まさかの高校生。一体、何歳から登録できるアプリなんだろう。
「年の差が大きすぎませんか?」
宗一郎さんの一言で「あぁっ」と秋里が叫ぶ。
余計な一言だが、間違ってはいない。秋里は確か三十歳は超えているはずだ。あっさり顔というか、いわゆる塩顔イケメン的な顔立ちなので、見た目はそれより若いのだけど。
つまり、一回りは年齢差がある。
「良かったじゃないですか。18歳といえば、今の制度だと結婚できる年齢なんですから。とりあえず、会ってみたらどうです? それで問題なければ、友達から始めてみるとか……」
もしかしたら、性格の相性だって良いかもしれない。
「あ、会いたくない……というより、きっと会ってもらえない」
秋里がぐずぐず洟をすすっている。
「べ、べつにいいんです。こちらからお断りします。相手からしたら、こっちなんておじさんだと思いますから。拒否してあげるのが、相手への配慮だと思いますしね」
どうやら、相手のプロフィールを見て「拒否」という選択が出来るらしい。お手軽さが怖い。
「素直になったほうが良いと思いますよ。傷つきたくないのは分かりますけど」
宗一郎さんが、さらりと言う。
「僕も、宗一郎さんに完全同意です。がんばって、勇気を出してください」
秋里には嫉妬したこともあったけど、世話になっている主治医なので幸せになって欲しい。
「……君たちが言うと重みがありますね。長年すれ違い続けたカップルの言葉には、かなりの説得力がありますよ」
何か嫌味だな。幸せを願った気持ちを返して欲しくなった。
年齢差を気にする前に、このひん曲がった性格を直したほうが良いのではないだろうか。
結局、秋里は最後までグズグズと後ろ向きなことばかり言っていた。通話を終えた後も、僕と宗一郎さんは心配していたんだけど。
しばらくして、秋里の状況を知った。
僕たちのアドバイスが役に立ったのかは分からないが、秋里が相手から「拒否」されることはなかったらしい。
マッチングした高校生と会うことになった、という連絡が、僕のスマホに届いていた。