「あれ、目の錯覚かな……?」
しょぼしょぼする目をこすりながら、俺はスマートフォンの画面を凝視した。
要約すると「あなたとマッチングできてうれしいです」的な文言があったのだ。
「え、マジで……?」
少しずつ頭が冴えてくる。
無視するわけにもいかないので、震える手で返信した。息を飲んで反応を待ったが、一分経っても、三十分経っても、音沙汰はなかった。
浮上していた気分が急降下していく。
「いや、待て。今は夜中だから、寝てるのかも……」
なんといっても高校生だ。明日も学校があるはず。
「そうか。そうだよな、うん。すぐに返信がなくても大丈夫だ」
自分に言い聞かせた。
「そもそも俺だって、すぐにメッセージを返してないし」
諦めて、今日は寝よう。
そう思っても、諦め悪くスマートフォンを閉じたり開いたりしていた。明け方近くまで眠れなかった。
✤
バイブレーションを手のひらに感じて、目を覚ました。ほとんど寝ていなかったので、瞼が開かない。のろのろとスマートフォンを開くと、メッセージが届いていた。
マッチングした相手からだった。
慌てて飛び起きた。ベッドの上で正座して、メッセージを読む。
『おはようございます。返信をもらえてうれしかったです。メッセージが届いた時間を確認したら深夜だったんですが、お仕事が忙しいんですか?』
頭が真っ白になる。
う、うれしい……? 俺からのメッセージが、うれしい……?
心臓が破裂しそうなくらいバクバクする。
ごくり、と息を飲んでメッセージを返した。
『返信が遅くなって申し訳ない。勤務医だから、時間が不規則なんだ』
嘘八百を書き連ねることに罪悪感を覚える。メッセージを確認する勇気が持てず、ズルズルと時間を引き延ばしていただけだ。あげく、酒の力を借りた。
ちなみに、俺が医師であることは最初から伝わっていると思う。職業欄を確認できる仕様なのだ。それで、相手が高校生だということをこちらも把握できたわけで。
「でも、医者といっても色々あるし……」
ステータスという意味では、やはり開業医が一番だ。俺はただの勤務医。病院自体は、かなり有名だけど。
『責任のあるお仕事をされていて、とても尊敬します』
そ、そんな……! 尊敬なんて……!
正座をしていたのに、気づいたらベッドの上で悶えていた。ぐねぐねと身を捩りながら「ぐふふ」と奇声をあげる。
『どうして、医師になろうと思ったんですか?』
……それは、ひとりで生きていくため。
「でも、いきなりこんなこと言ったら引かれるよな」
重いヤツだと思われたくない。
『オメガの医師は、まだ少ないから。同じ立場として患者に寄り添えると思って』
物は言いようだ。希少性をいかすという意味では同じだが、俺の場合は単純にガッツリ稼ぎたかっただけ……。
『素敵ですね』
ざ、罪悪感……!
でも、うれしいと思ってしまう。
再び、メッセージが届いた。
『名前、聞いても良いですか』
……名前。
そうなのだ。このシステムは、スペックは表示されるけれども顔と名前は分からない。
お互いがやり取りをしていく中で、氏名を明かしたり、会う約束をしたりしていく。
『いいよ』
俺が名前を告げると、間もなく相手から返信があった。
『僕は、
……格好良い。
思わずときめいた。名前にときめくなんて意味不明だけど、とにかく鼓動が早くてヤバい。
「御門北斗……」
ベッドの上で仰向けになり、天井に向かってつぶやく。
「うわぁーーー!」
頬が赤くなって、恥ずかしさでジタバタと暴れた。またしても身を捩る。誰にも見られていないから良いけど、動きは明らかに不審者だ。
『瑞生さんって呼んでも良いですか』
ヒイーーー!
心の中で悲鳴を上げた。名前呼び。うれしい。恥ずかしい。死にそう。
『いいけど』
息も絶え絶えなのに、文面だけ見るとそっけない。大人ぶりたいのだ。アラサーなりの余裕を見せたい。
『僕のことは、呼び捨てで良いですよ』
な、なんですと……?
『北斗?』
『はい』
ぎゃーーー!
カップルみたい!!
うつ伏せになって、足をばたつかせる。水泳の授業かと自分で自分にツッコむ。
『そろそろ学校に行かないといけないので、これで失礼します』
そ、そうか……。
残念だが仕方ない。アプリを閉じたら、一気に冷静になった。
「良い年して、ひとりではしゃいで。俺はなにをやっているんだ……」
身を捩ったり悶えたりしたせいで、シーツがぐちゃぐちゃに乱れている。それを眺めながら、俺は長いため息を吐いた。
✤
午前の診察が終わって、いつものように医局でパンをかじっていた。今日はたまごサンド。
ちびちびと食べていたら、スマートフォンが震えた。まさか、と思いながら開くと、そのまさかだった。
北斗からメッセージが届いている。
『今、たまごサンドを食べています』
画像も送られてきた。食べかけのたまごサンドだった。
「え、嘘……」
自分が食べているのも、たまごサンドだ。些細な偶然に、気分が果てしなく上昇していく。
デスクの上をささっと片付けてから、たまごサンドを撮影する。そして、北斗に送信した。
『俺も、ちょうど食べてた』
まったくもって、素晴らしい偶然だ。これで午後からも頑張れる。
『運命ですね』
……う、ううう、うんめい?
「んぐっ……ごほっ! ぶふぉ……!!」
衝撃的な言葉を目にして、思わず咳き込んだ。
「ちょっと、秋里さん。こっちにまで飛ばさないでくださいよ」
ゼリー飲料をすすっている川上が、俺のほうを見ながら顔をしかめる。勢いよく咳き込んだせいで、迷惑をかけたらしい。
「悪い……」
ティッシュで口元を拭きながら、俺は川上に詫びた。