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第59話 不安

 今日は、柊の妊夫検診だった。


 特に問題はなかったので安心していると、柊に「例の高校生とどこまでいきました?」と訊かれた。


 急に北斗のことを聞かれたので、思わず狼狽えてしまった。


 柊には、マッチングした高校生と会うことになったということは伝えていた。背中を押されたことは間違いないので、報告するべきだと思ったのだ。


 ……でも。言わなければ良かった。


 完全に面白がられている。柊の目を見れば分かる。


「ど、ど、どこまでって、そんな……! た、たまに会って、は、はな、話をしているだけですから!」


 口に出したら、思っていた以上におたおたしていた。


 落ち着け、と自分で自分に呆れる。


 北斗とは、わりと頻繁に会っている。自宅に行ったのは一度きりで、カフェに行くことが多い。


「どこで会ってるんです?」


「い、色々ですよ……」


 カフェで会っていることを明かすと、柊の目がキラリと光った。


「それって、デートですよね?」


 どこからが、デートなのだろう。たぶんデートだとは思うけど。二人で出かけたらデートなのだろうか。恋愛経験が皆無なのでよく分からない。


「支払いは、秋里さんがしてるんですか?」


「……そう、ですけど?」


 毎回、北斗は払おうとする。でも、さすがに高校生と割り勘するのは心情的にキツイ。奢ってもらうなど論外だ。


「なんだか、パパ活みたいですね」


 柊が、にっこりと笑う。


 虫も殺さないような顔をした美少年(実際は成人男性だけど)のくせに、言うことが怖ろしい。


「ぱ、ぱぱ、パパ活……?」


 もちろん、その言葉は知っている。


 そんな風に見えるのだろうか。やはり年齢差のせいだろう。ショックで言葉も出ない。衝撃のあまり、俺はしばらく呆然としていた。


 帰宅してすぐ、ベッドにダイブした。


「パパ活か……」


 笑えない冗談だ。


 もちろん、柊は本気で言ったわけではないはず。個人的には、それ以上に気になっていることがある。


 あれは、数日前のこと。


 仕事の都合でなかなか予定が合わず、初めて夜に待ち合わせをした。九時にいつものカフェで会った。一時間ほどで解散するつもりだったけど、つい話し込んでしまった。気づいたら深夜になっていて、俺はかなり焦った。


 高校生が、こんな夜遅くまで出歩いてはいけない。


 補導でもされたら大変だ。北斗は推薦で大学が決まっている。まさかとは思うが、取り消しになったりしないよな……?


「い、家まで送る……!」


 たぶん、大人が一緒だったら問題ないはず。そう思って、家まで送ることを提案したのだが。


 慌てる俺を見て、北斗は苦笑いしていた。


「一応は成人なので、大丈夫ですよ」


「……あ、そうなの?」


 アラサーなので許して欲しい。


 高校生、深夜徘徊、補導対象。


 完全に刷り込まれているのだ。


「俺が高校生の頃は、十八歳は普通に子供だったから……」


 ジェネレーションギャップを炸裂させてしまったことが恥ずかしかった。


 冷や汗をかきながら、俺はあることを思いついた。ここは、北斗の最寄り駅だ。自宅までは歩いて十五分程度だと聞いている。


 つまり、北斗を自宅まで送っていけば、さらに十五分は彼と一緒にいられる。


「……送っていくのはダメか」


 少しでも一緒にいたいから。そう正直に言うことはできなかった。


「そんなことをしたら、瑞生さんがたいへんでしょう。帰るのが遅くなる」


「で、でも」


「今日も遅くまで仕事だったんですから、ね」


「うん……」 


 にっこりと微笑まれて、なにも言えなくなった。


 体が強張る。彼の意に反することが出来ない。 


 毎日、メッセージを送りあっている。デートのようなこともしている。


 たくさん話をしているのに、なぜか北斗のことが分からなくなるときがある。気になっていること、というのはこれだ。


「笑顔に圧を感じるんだよな……」


 ベッドの上で、ぽつりとつぶやいた。


 有無を言わせない感じになる。笑っているのに、ときどき怖くなるときがある。強制的に、彼に従うしかないような感覚に陥る。


 初めは、ただの笑顔だったのに。


 いつの頃からか、少しずつ違和感を覚えるようになった。


「俺が、アルファに慣れていないから。こんな風に思うんだろうか」


 ……いや、慣れてないわけじゃないんだよな。普段からアルファと多く接している。医師、患者のパートナー。


「きっと、気のせいだ……」


 北斗はいつもやさしい。口調は穏やかだし、怒っているところを見たことがない。そんな北斗を怖いと思うなんて、俺がどうかしているんだ。





 柊が無事に出産した。


 驚くほど安産だった。産まれたばかりの我が子を見つめる柊の表情は、慈愛に満ちている。


 外見は美少年だけど、れっきとした父親なんだなと思う。


 しばらくして、彼は退院していった。担当医として肩の荷が下りた。


 柊は入院中、上機嫌だった。なんでも住み込みのベビーシッターを格安で雇うことが出来たのだという。宗一郎の友人らしく、柊自身も高校時代からの顔見知りなのだそう。なにやら事情を抱えているらしく、足元を見て格安の契約に至ったというのだ。


 金持ちのくせに、柊は節約が趣味だった。なんとも嫌味な趣味だと思う。


 その柊が退院して、二週間ほど経った頃。


 宗一郎から連絡があった。会って話したいことがあると言われた。


「……良いですけど。二人で、ですか?」


 以前、宗一郎と一緒に出かけたことでひと悶着……柊が嫉妬してこじれそうになったので、それ以来、二人で会うのを控えていた。


「もちろん」


「また彼が怒るんじゃないですか?」


 それに、新生児を抱えて大変なときだ。ベビーシッターがいるとはいえ、柊は疲弊していると思う。なんといっても子沢山家庭なのだ。呑気に出かけている場合ではない。


「柊は了承してる。うちに来てもらっても良かったんだが、なんせ人口密度が半端ないことになってるからな……」


 相変わらず、彼らは社宅で暮らしている。


 宗一郎と柊、子供たち、それからベビーシッター。想像しただけで騒がしそうだ。 


 柊が了承している、ということに驚いた。彼は、かなり嫉妬するタイプだ。


 そして、宗一郎の声がずっと重苦しいことに、俺は今さら気づいたのだった。

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