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ゾンビと登校って何かの罰ゲームですか

 登校するために家の扉を開けるとゾンビがいた。

 丁度彼女も通学の途中だったようで、鞄を肩から下げてこちらに視線を向ける。



「げ」



 雪花は非常に強く顔をしかめ、寄せられる皺。嫌な奴に会ってしまったと言わんばかりだ。まぁ皮膚が腐りかけだから元々皺だらけなんだが。

 なんにせよ少し悲しい。帰宅したくなってきた。



「おはよう」

「化野の家ってここなの?」

「そうじゃなかったら朝っぱらから盗みに入ってることになるけど」

「案外幼馴染を起こしに来てたりする可能性もあるじゃない」



 あるかなぁ。

 そもそも俺に幼馴染はいない。



 足を一歩も踏み出していないにもかかわらず帰宅しようとすると、背後から「待ちなさいよ」と声がかかった。



「出会って早々に帰宅されると傷つくでしょ」

「いやぁ、俺と登校するの嫌かなって」

「何で?」



 開幕嫌な顔されたから。



 ここらで配慮に満ちた男性ムーブを披露してみようと思ったのだが、どうにも雪花には不満のようだ。

 数日前から近くなった距離感といい不思議なことである。

 ドアノブにかけていた手を外し門を出て、



「改めておはよう」

「……おはよう」



 彼女は僅かに俯きながら口を開いた。

 横に並びながらの登校。

 高校生になるまでは羨望していたシチュエーションなのに、いざ自分が体験するとなると心が踊らない。

 別の意味で心臓は踊っているが。レミング症候群。



 道中に会話はあまりなかった。



「……いい天気ね」

「曇りだけど」

「私にとってはいい天気なのよ」



 という胸を張って会話だと断言できない程度のものしか。

 ゾンビ的にはやはり曇天は大歓迎なのか。

 それと、



「あのイヤリングのことだけど」

「うん」

「家ではちゃんと付けてるから」

「……ありがとう?」



 何故イヤリングの話が出てきたのかわからない。

 俺としては彼女が気に入っていた様子だったから買ってあげただけで、ずっと付けていろなどと強要するつもりはなかった。お礼の範疇だし。

 けれども雪花は満足したようで、今までつっかえていた何か・・が外れたように笑う。



 くしゃりと生まれたえくぼから考えるに、笑顔の完成度に腐敗は関係ないらしい。



 そうこうしていると校門が視界に映る。

 周りに制服を着た男子女子が増加。

 同時に嫉妬というか最近は好奇に満ち満ちた視線も。



「じゃ、私こっちだから」

「じゃあね」



 雪花と自分とでは教室が違うので、玄関で手を振りながら別れた。

 背中が小さくなるのを見守ることなく反転して教室へ向かう。



 静かに入場すると菜々花はまだいなかった。 姉妹で登校する時間が異なっているらしい。

 背負っていた鞄を机の横にかけると、前の席に座っていた男子が振り返り、



「よ」

「おはよう」

「早速噂になってるぜ」

「……何が?」

「草壁姉妹を堕とした男の話」



 風評被害だ。

 そう言うと前の席の男子――伊藤いとう大将ひろまさは目を細める。



「またまた。今日も草壁妹と登校してきたんだろ」

「早すぎない? 情報の伝達」

「悪事千里を走るって言うだろ。色恋沙汰は遥かに速く遠くまで走るんだよ」



 止まってほしい。メロスだってもうちょっと休んでたと思う。

 校門をくぐって僅か三分ほど。

 それなのに大将に伝わっているとは。

 井戸端会議の最終進化形みたいな伝達速度をしている。



 ため息をつきながら机に突っ伏した。

 これではまだ見ぬヒロインが登場する機会がなくなってしまうかもしれない。



「しかもあれだろ」

「…………聞きたくないが、一応聞いておこう」

「隣のクラスの逆瀬川さん」

「うん」

「あの子も美少女だよな」



 あーあ。

 またか。

 また美少女なのか。

 美少女は化け物という法則でもあるのか。



「化野も思わずときめいちゃったか?」

「うーん」



 ドキドキはしたかな。

 命の危機を感じて。



「そりゃそうだろう。あのさらりと流れる黒髪、出るところは出て引っ込むところは引っ込み、詳細に解説するなら男子が熱狂する胸部装甲。そこに大人しめの文学少女なんて属性までてんこ盛りだぞ。実は秘かに人気なんだよ」



 逆瀬川さんってそういうタイプなんだ。

 俺にはジガバチにしか見えないからわからなかった。

 圧倒的な腰の細さだったら理解できるんだけど。

 あの手で握りつぶせそうな。



「こんなことだったら俺も図書委員になればよかったぜ」



 大将は両目を押さえて天を仰ぐ。全身から嘆きの声が聞こえてくるようだ。モテない男子特有の悲しき嘆き。

 俺も普通の人間との関わりがあまりないから理解できる。

 そんなに願うならぜひ代わってほしい。化け物はもうお腹いっぱい。



 しかし残念なことに一度決まった委員会を変えることはできない。

 間違った世界に反抗してみようかとも思ったが、俯瞰すれば間違っているのは自分なのでやめておく。

 深く考えずに行動すると大抵よくない展開になるのだ。



「だよね」

「え、何がですか?」



 登校してきた菜々花に突然声をかけると、流石に状況がつかめない彼女は肉塊の先端を傾げる。

 深く考えずに行動した結果の代表例。

 入学式の日にきちんとお札とか破魔矢とか十字架とかを装備していれば、おそらく出会わなかっただろう友人。



 今となっては肉塊であるなど、それほど気にならないが。

 人生何が起きるかわからない。

 だから常に聖なるアイテムは携帯しておこう。

 ラブコメを期待するのなら。

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