クリスマス。
それは誰しもが心躍る季節。
俺は世間のそんな傾向に真正面から逆らって、もはやスプラッタ映画のような状況に陥っていた。具体的には十二月二十五日を肉塊と一緒に歩いているのである。ローストビーフだとかお洒落なものじゃない。ブロック肉だ。
周りには彼氏彼女が楽しそうに手を繋いだりしているというのに、どうして時期を間違えた行動をしてしまっているのだろう。肉塊なんてハロウィンくらいでしか許されない。ハロウィンでもキツイが。
雪花とスキーに行ってから数日。
今年も寂しく――いやまぁ家族とは過ごすのだけれども――クリスマスシーズンを無為に眺めているのだろうと考えていたところ、普段はほとんど働かないスマホが振動した。
最近では化け物専用連絡ツールとしての機能しか果たしていないので、その時点で嫌な予感はしていたのだ。しかし確認しないわけにもいかない。なにかの間違いで学園のアイドル的な人から告白されてるかもしれないし。ねぇよ。
ということで開いてみると――。
『こんにちは。こちらは草壁菜々花です』
『どうしたの?』
『明後日のご予定はありますか?』
『クリスマスのこと?』
『はい』
『ないよ』
『よかったです!』
『馬鹿にしてるの?』
『違いますよ!?』
なんだ、違うのか。
てっきり世間はカップル的なイベントをやっているのにもかかわらず、お前は一人寂しくぼっちなんだね、みたいな煽りを受けているのかと。
『お誘いです』
『クリスマスの?』
『はい』
『実は用事があって……』
『さっきないって言ってたじゃないですか!』
『言ってたかなぁ……』
『ちょっと上にスクロールしてみてくださいよ。これ以上ないくらいの証拠がありますから』
というわけで押しに弱い俺は菜々花の誘いを断り切ることができず、こうしてクリスマスの華やかな街並みを、出てくる世界を間違えたとしか思えない見た目の肉塊と歩くことになったのである。
「……どうしたんですか?」
なぜか繋いでいた手――手と表現するのは普段人間と付き合っているときの癖で、実際は触手――に込める力を強くして、彼女は首を傾げた。
「クリスマスって神聖な感じがするからさ」
「はい」
「悪魔とかも立ち去るのかなって」
「あまり詳しくないですけど……多分そうなんじゃないですか?」
「なるほど」
菜々花を眺める。
神聖な感じ……。
なし。
悪魔認定。
どうやら彼女はクリスマスになれば悪魔が立ち去ると考えているようだが、俺の目の前にはそこらへんの悪魔では到底敵いそうもない見た目の肉塊がいるので、やはり神聖パワーはないと思ったほうがいいだろう。
悲しい現実を前にため息をついた。
不思議そうに肉の頭頂部を傾げる菜々花。
「化野さん」
「ん」
「今日はなんで一緒に遊びたいと思ったか……わかりますか?」
化け物連中には共通の特徴なのだが、彼女らは目を瞑って声だけを聞けば非常に可愛らしい。ちょうど前を向いて歩いていた俺にとっては、急に隣に美少女が降臨したのかと錯覚するくらいだった。
まぁ疑問を呈してきたものを視認しようとして横を向けば、あっという間にSAN値が減少するのを避けられないわけだが。
彼女の質問にしばらく考えて、やがて頬を掻く。
「わからない」
「えぇーっ! それじゃあ菜々花ちゃん検定一級はあげられませんよ!」
「いらないかな……」
「でも持ってたら私の好感度が高くなりますよ?」
「いらないかな……」
どこの世界に肉塊の好感度をあげて喜ぶ人間がいるのか。そんな猛者がいるのだとしたら、スーパーの生肉販売コーナーで愛を叫ぶことになるぞ。スーパーの中心で、愛を叫ぶ。
「雪花とスキーに行ってたじゃないですか」
「……うん」
「ほらこの写真。楽しそうですよね」
そう言って彼女が差し出してきたスマホ。
覗き込んでみると昼食のときに撮った写真だった。
たしかに送っていたか……。
「実はですね」
「ん」
「私は嫉妬深い女の子なんです」
「はぁ」
「だから埋め合わせをしてもらおうかと思って」
「はぁ」
海老で鯛を釣る。
化け物で化け物を釣る。
最悪のことわざだな。
ぷりぷりとわざとらしく人間でいうところの頬をふくらませる菜々花を眺めながら、俺は上の空で嘆息した。
わぁイルミネーション綺麗。
「わぁ……」
「…………」
「綺麗ですね化野さん……」
自分とまったく同じ感想を発している彼女に、どうしてか過去の記憶が蘇ってくる。いつ言われたことかは判然としないが、たしか菜々花に言われた気がする。こういうときは「君のほうが綺麗だよ」とか褒めるんですよ、と。
なかなかいいタイミングではなかろうか。
問題は言い放つ相手が肉塊だということ。
人間に対して言う練習だと思えばいいか。
俺はしばしの逡巡を経て、いまだにイルミネーションに意識を奪われている菜々花に、普通の声量で話すのも恥ずかしいので囁いた。
「菜々花」
「ふぇっ」
「君のほうが綺麗だよ……」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
バッ、と。
耳元であろう部分を触手で押さえて。
口であろう穴をパクパクとさせる彼女。
それよりも自分は菜々花が叫んだせいで集まっている注目の方に意識を割いていた。どういうわけか化け物達はときどきこんな反応をする。慣れているのだ。
「あ、化野さん……」
「なに」
「……酔ってたりします?」
「シラフだよ。しかも学生」
「ですよね……」
なにかが納得いかないという感じで、菜々花は首を傾げるのであった。