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どうしてこういうところのものはおいしいのだろうか

 俺は雪花とは違って人間なので、いつまでも栄養補給なしで運動を続けられるはずもない。いや彼女がそれを可能とするのかは知らないが、映画などの知識から考えるに可能だろう。だってゾンビだし。



 動く死体など不条理の塊なのだから、飲まず食わずに寝ずの番くらいしてもらいたいものである。ゾンビに寝ずの番が適切なのかという疑問からは目をそらして。少なくとも俺は嫌だ。朝になったら同族になってましたなんて最悪だから。



 朝早くから慣れないスノーボードに体力を使い果たして、ついでにエネルギーも切れたようで、食い意地の張った胃が「くーくー」と食料補給を要求する。



 馬鹿にするような視線をくれてきた雪花もまたお腹を鳴らしたものだから、二人して見つめ合って、本日二度目の笑い。



「そろそろご飯にしましょうか」

「時間もちょうどいいね」

「ちょうどよすぎて混んでるでしょうね」



 スキー場は山の上にある。

 一番近いコンビニでも数十キロはあるはずだ。

 だから食堂的な場所は非常に混む。



 歴戦の猛者らしい雰囲気でため息をつきつつ、雪花はスノーボードから足を外して――彼女がリビングデッドだからといって本当に足を外したわけではない――坂を下っていった。



 スキー場の入口に併設されたおみやげコーナーやら食堂スペースは、やはり予想通り人が恐ろしいほど密集していた。もう少し悪化すれば足の踏み場もなくなるだろう。



 今でさえ人の数が増えていっている。

 雪花が「……すぐに行動してよかったわね」と震えた声を放ったのを聞いた。

 同意。



 さすがに連日この数の客を捌くのは不可能と見え、そこは食券制だった。長い行列を――今日はずいぶんと並んでいる気がする。もしかすると待つのが嫌いな人にはスキーは難しいのかもしれない――乗り越えてボタンを押す。



「化野はなにがいい?」

「おすすめは」

「ラーメンかカレーね」

「じゃあラーメンで」

「好きねぇ」



 若干呆れられているような気がした。

 まぁやめないが。

 麺類が好きなのだ。



 雪花はしばらく悩んでいたようだったけれども「まぁ最近ペアルックとか流行ってるしね」と同じくラーメンを注文した。



 食事にペアルックもなにもないだろう。



 空いている机も発見するのにかなりの時間がかかり、やっと見つけだしたオアシスに持ってきた紙コップを設置して、あたたかそうな湯気を立ち上らせる食器と、安っぽい印象のお盆を持ってきた。



「食事をするのも一苦労だね」

「それも含めて楽しむのが上級者よ」

「雪花は楽しめるの?」

「化野がいなかったら無理ね」



 どうやらスノーボードの技術はあっても心構えまでは備えていないようで、彼女は苦笑しつつ肩を竦める。



「あ、そうだ」

「どうしたの」



 さぁ栄養補給だ――と意気込んで箸を握ったところに、雪花のなにかを思いついたらしい声が聞こえてきた。



 俺はなみなみと注がれたスープに箸を潜らせる挑戦を中止し、目前に迫った補給線を断たれたことに文句を言う胃の大本営に謝罪して、彼女の電球の正体を問う。



「一緒に写真撮りましょうよ」

「……なんで?」

「記念だから。将来使うかもしれないでしょう」

「なにに使うのかね」

「さぁ? その日になってみないと」



 雪花は意味ありげに微笑むとスマホを取り出した。

 こうまでされて無視するわけにもいかない。

 箸をお盆においてピスピス。



「はい、チーズ」

「いえーい」

「……撮れたわね」

「ちょっと見せて」



 機械を通すと化け物の見た目がまともになることは発覚しているので、純粋な好奇心が湧き上がってきて、写真の出来を確認したくなった。



 素直に渡された画面を見る。

 俺の目が四分の一くらいになっていた。

 うーん撮り直しかぁ。



「化野」

「ん?」

「なにをしようとしているの?」

「削除」

「削除!?」



 一体何を驚いているのだろうか。



 雪花は慌てた様子でスマホを奪い去ると、まるで大事なものでも抱えるかのように胸に抱きしめて、おまけに背を向けてきた。もはや我が子でも守るがごとき構え。なんでそこまでするのだろう。



「考え直しなさい」

「考えを直すより先に撮り直したいんだけど」

「許せないわ。可愛いじゃない」

「なにが???」



 まず俺に可愛いという形容は似合わないので選択肢から外す。

 ということは残りは彼女が可愛いということ。



 いつもゾンビを見慣れているので、本格派の美少女な画面の先の草壁雪花の印象はどうにも記憶に残りづらい。視認しているのに「でもこいつ化け物なんすよ」と脳が囁いてくるのだ。やめてほしい。



 ゆえに先程見た写真の彼女はおぼろげであるが、たしかに可愛かった気がする。しかし一度しか撮れない条件があるわけでもないのだから、別にこちらの要求を飲んでもいいだろうに。



 もしや千年に一度レベルの奇跡的な写真が撮れたのだろうかと思い至って、そういうことなら仕方ないと納得した。



 心の底からの納得ではないけれども。

 だって自分の写真写りが悪いから。



「ふふ、お姉ちゃんに送っちゃお」

「困るだけでしょ」

「まぁ困りはするでしょうね」



 意味深な笑み。

 普段は読解力が高いほうだと自負している俺が、まったくもって心情を読み取れない表情を作って、雪花は『送信』ボタンを押したのであった。

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