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ゾンビ相手に照れるわけがないだろう怖がるならまだしも

 リフトから降りるときは小走りでね。と雪花は囁いて、自分は華麗に滑っていってしまった。置いていかれないように俺も走る。というか後ろからリフトが迫ってくるせいで止まれない。



 途中で何度か動くのが止まることがあったので、一体何が起きているんだろうと思っていたが、おそらく乗り降りで詰まっていたのだろう。



 坂のところで座り込みスノボを足に固定した。手袋の隙間から雪が入り込み冷たい。もしやと手袋を外してみたところ濡れていた。一応防水のものを購入したのだけれども、さすがに安物というか、ここまで濡れるのは想定していないらしい。



「化野」

「ん」

「いよいよ滑っていくわけだけど、自信のほどはどう?」

「死なないように頑張る」

「後ろ向きねぇ」



 リフトに乗ってどんぶらこしているときも思っていた。ちょっと高いなと。想像より百メートルくらい高い。つまり危険が危ない。



「大丈夫よ。いざとなったら」

「なったら……?」

「周りに迷惑をかけないように一緒にルートを外れて転がり落ちるわ」

「嫌だよ」



 生まれるのは雪だるま。

 中身には人と死体。

 片方はまもなく死体になる。

 死体の詰め合わせセット。

 悪夢かな?



 普通の男子高校生として、死ぬときは畳の上で大往生を……と予定しているので雪花と一緒に亡くなるのは避けたい。なにが悲しくて最期に見る景色がゾンビでなければならないのか。



 こわごわと坂から滑りはじめ、速度が出すぎる度に重心移動をして止まる。動いて、止まる。それを何度も繰り返した。



「……それ楽しい?」

「つまらなくはないよ」

「でも思い切り滑ったほうが気持ちいいわ」

「気持ちよさの先に破滅があったら駄目でしょ」

「一緒に破滅しましょ?」

「悪魔の囁き」



 やはり雪花はスノーボードに自信があるようで、理解はしていたが自分よりも遥かに上手い。



 本当にアシストをしてくれるつもりなのか、俺が止まる度に、彼女もまた速度をゼロにする。教えてくれていたときの楽しげな表情を思い出せば申し訳なさが積もるわけで、ついに挑戦することを決めた。



「雪花」

「うん?」

「俺、無事に滑りきれたら結婚するんだ」

「きゃっ」

「違うよ」

「違うの?」

「違うよ」



 死亡フラグは立てまくれば逆に死なないフラグになると聞いたことがあるので、適当に思いついた言葉を口から放り投げる。



 するとそれを耳にした雪花はわざとらしい動きで頬に手を添えてみせ、ツッコむのも面倒くさかったのだが、間違ってもゾンビと結婚する羽目になっては堪らないので、仕方なく指摘してみた。



「じゃあ他の女……?」

「言い方に悪意しか感じない」

「この浮気男っ」

「君とは遊びだったんだよ」

「まぁ本当に遊んでるだけだしね」

「うん」



 ゴーグルを外した雪花と見つめ合う。

 どちらからともなく噴き出した。

 なんだこの馬鹿みたいな会話、と。



「覚悟はできた?」

「オーケー」

「逝くわよ」

「逝かないで?」



 ははははっ! と笑った彼女は挑発じみた視線をこちらに送ってきて、滑りながらゴーグルを装着する。男の子として売られた喧嘩は買わないわけにはいかない。でも初心者だから慎重に。



 雪花のように体を横にして滑るのも可能ではあるのだろうが、止まれないのと操作が困難なのは想像にかたくないので、落ち着いて木の葉滑りをする。



 きっと速度を調整しているのだろう。

 こちらが遅いにもかかわらず二人の距離は開かない。 

 ぐねぐねと曲がったり回転してみたり。

 魅せプというやつか。



 坂もまもなく終わり平坦なところで待っていた雪花のもとにたどり着き、俺はため息をついた。



「いや、楽しいね」

「でしょう?」



 途中から怖がるのにも飽きて結構なスピードを出してみたのだが、自身の身体で風を切る感覚だとかが癖になる。もちろん意図しない方向に体重が持っていかれそうにもなった。そうなる度に雪花に教えてもらった方法で持ち直し、最終的には問題なく滑ることができたのだ。



「あとさ」

「なに?」

「滑ってる時間ってどれくらいだった?」

「さぁ……一番最初のところでリフトを降りたから、だいたい五分くらいかしら」

「リフト十分くらいだったよね」

「そうね」



 滑っている時間とリフトに乗っている時間が、なんと後者のほうが長い。



「上に行けば行くほど、リフトの時間と滑ってる時間は乖離していくわ。仕方のないことなのよ。テレポートができるわけもないし」



 そう言いつつも若干不満な様子の雪花は、しかし腐りかけの口元に笑みを浮かべて腕を伸ばしてくる。疑問を持って首を傾げてみると、彼女は恥ずかしそうにそっぽを向いた。



「あら、あれで終わり?」

「そういうことか。理解した」

「男の子なのに体力もないのかしら……って」



 スノーボードで手玉に取られまくっているので、俺は他のところで主導権を握ることに挑戦する。つまり一切の躊躇なく雪花の手を取ってみた。



「なぁっ!?」

「何度か繋いでるでしょ」

「慣れるわけないでしょう!?」



 そうか、俺は慣れたぞ。

 これで相手が美少女ならば赤面の一つでもして体が固くなるだろうが、非常に残念なことにゾンビなのである。

 顔が青くなることはあっても赤くなることはない。

 収穫するには早すぎるトマトのような気持ちだ。



 今日は負けっぱなしだったので、これでイーブンに持っていけただろうか。

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