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ドキドキのゾンビとレッスン死ぬのかな?

 転ぶ。

 尻を打つ。

 粉雪が敷き詰められているため痛くない。



 けれども心まで無事かといえばそうではなく、優しく手を伸ばしてきた雪花に感謝の言葉を伝えながら、俺は男子高校生として憤懣やる方ない状況に陥っていたのだった。



 スキー場に入ってすぐにある小高い丘のような場所で、幼い子供や明らかに初心者だと思われる人らと一緒に練習している。



 本日何度目かわからないすっ転びを披露したところで、脇にスノーボードを抱えた雪花が口を開いた。



「センスがいいわね」

「嘘でしょ」



 絶対に嘘だ。

 自分でもどうかと感じるくらいに転んでいるのに。



「本当よ。私の脳裏によぎっている先例はなんだと思う? お姉ちゃんよ。何度教えても、こっちが悪いんじゃないかってくらい下手になっていくお姉ちゃん……それに比べれば、アンタは一を聞いて十を知るレベルの天才よ」



 いやまぁ、それに比べれば。

 比較対象が悪いとも言う。



 俺は転びすぎて接地が上手くなってしまい、地面の柔らかさもあるのだろうが、やはり痛みを覚えない臀部を撫でた。



「なかなかサイドスリップは上達してきたわね。今度は木の葉滑りに挑戦してみましょう」



 今まで挑戦していたのはサイドスリップ。

 板を横向きにして滑るやつだ。

 雪花に手を引いてもらいながらの滑走は不安定であり、今にも転んでしまうのではないかと下半身に力が張ってしまうほどだったのだが、彼女は安心させるように握る力を強くして、ほんのりと微笑んできたのだった。



 これで相手が美少女だったら惚れていたところだ。ゾンビで助かったな。いや助かってないか。損した気分だ。



 俺は新たに次のステージ――木の葉滑りとやらに挑戦することになって、先程のサイドスリップとは比べ物にならない加速度が初心者の体を襲う。冷たい風が頬を切っていく。



「うわ」

「大丈夫?」

「雪花が支えてくれたから」



 普段は片足立ちをしてもふらつかない程度のバランス感覚と体幹をしている俺であるが、いざ慣れないスノボをやってみれば、当然すんなりと行くわけもなく。



 木の葉滑りをしていてターンをしようと思ったその瞬間、雪の積もり方が変なところでもあったのか、あるいは滑り方が悪いのか。急激に足が沈み込み転びそうになった。



 日常生活においては足を引っ掛けても、残りの片方で支えれば問題ないけれど、今回ばかりは両足が固定されているために不可能。



 目の前に垂らされた選択肢は無様に尻から落ちるというもので、たとえ化け物とはいえども一応は女子の範疇にある雪花の前で、そう何度もしたいものではなかった。



 しかし挽回する手段もないので諦めて目を瞑っていたところ、余裕を持った様子の雪花がそっと手を伸ばしてきて、再びの恥を晒すことはなかったのである。



「仕方ないけど、普通逆じゃない?」

「まるで姫様と騎士だね」

「大丈夫ですか化野姫?」

「妾に触れようなど痴れ者め。断頭台に送ってくれるわ」

「じゃあ離そうかしら……」

「まぁ落ち着こう。話せばわかる」



 冗談のなかでも上下関係は影響する。

 つまりは支えている者と支えられている者。

 絶対に逆らえない理由がそこにあった。



 ゴーグルに隠されてよく見えないが、たしかに爛々と瞳を輝かせている雪花に手伝ってもらいながら、練習を続ける。



 一時間ほど経っただろうか。

 やがて姿勢が安定してくるようになった。

 彼女の補助がなくてもある程度滑れるように。



「化野」

「ん」

「そろそろ次のステージに行きましょう」



 一切のブレなく地面に直立する雪花は威風堂々と腕を組んだ。瞬間風向きが変わり後ろから風が吹き付ける。くすんだ金髪が細雪と共に宙を掻き、散った破片が日差しを透かし乱反射する。覇気の無駄遣い。



「次、というと」

「リフトに乗って滑ってくるの」

「短い人生だった……」

「アンタは死なないわ。私が守るもの」



 先立つ不孝をお許しください……と心のなかで遺書をしたためていたところ、雪花が自分の胸をドンと叩いた。

 あまりに勢いが強いものだから中身がこぼれないか心配になる。割れ物注意。天地無用。



 どうにも慣れてくると普通に装着したまま移動するらしいのだが、俺はまったくもって不慣れなもので、足を固定していた板から脱出し、脇に抱えて歩きだした。こうして自由に動ける幸せ。二足歩行が尊い……。



 リフトに向かって移動していると長い列が見えてくる。それは道具を借りるときの列に勝るとも劣らず、今回もまた長時間の待機を要求されると思いきや、意外にもわずか五分程度で乗ることができた。



「雪花はそれ・・外さないの?」

「慣れてるから」



 初心者がリフトに乗る際はボードを外していたほうがいいということで、俺は板を脇に抱えたまま指定された場所まで歩いていく。



 しかし雪花は片足のみを固定した状態で横に来て、わざわざゴーグルを外しウインクを向けてきた。死体のくせにそこはかとなく可愛らしい。一片の問題としては可愛らしさを恐ろしさが圧倒するということだ。



 想像していた五倍くらいの勢いでリフトが突っ込んできて、もはや追い立てられるように座る。一定間隔で振動が伝わってきた。みるみるうちに高度が上がり逃げ場はない。ボードを落とさないように強く抱きしめた。



「ふぅ……」



 ゴーグルを置く雪花。

 安全バーは存在するが下ろすことはない。

 俺はいつ落ちるか不安でしょうがなかった。



「これ大丈夫なの?」

「大丈夫よ」

「でも『安全バーを下ろしてください』って書いてあるけど」

「大丈夫よ」

「今日が命日かぁ……」

「それなら同じお墓に入ることになるのかしら」

「死亡日が同じでも入るところは違うでしょ」



 一体彼女はなにを言っているのだろうか。

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