冬も盛りだというのに、スカートから生脚を晒している人の多いこと多いこと。想像するだけで寒さに震えてしまう。俺は隣の肉塊を横目で眺めて、違う意味で震えてしまった。まぁ菜々花よりはマシか……。
「どうしたんですか?」
「寒くないのかなぁって」
「こんなに重ね着してるのに!?」
あ、重ね着してるんだ。
パッと見ブロック肉だからさ。
などとは言えなかった。
俺はさりげなく話題をずらして、雪花に送るとかいうプレゼントについて質問する。一体何を送るのか。ゾンビと肉塊という姉妹だから、間違っても可愛いものなど似合わないだろうけれど。
「予定としてはですね」
「うん」
「アクセサリーとか」
「へぇ」
「もしくは石鹸ですね」
「石鹸?」
除菌効果で死んでしまう可能性があるぞ。いや死体だから大丈夫か。聖水とか十字架とかだったら危なかった。クリスマスプレゼントに聖なるアイテムを送ってくるのは、だいぶ本格的である。
どうやら目的の階にたどり着いたようで、エスカレーターから降りた菜々花についていく。彼女は頭の中にあるらしい地図とにらめっこしながら、傍から見ると当てもなく彷徨っていった。
不思議なことに「とある予感」がしたものだから、俺はそれを見送ってみる。
やはり盛大な祭りごとの日は人の数が増えるもので、ショッピンモールの中にはたくさんの人が歩いていた。値段がいくら掛かるのか予想もできない暖房が、彼ら彼女らを優しく包みこむ。香水らしき匂いがどこからともなく漂ってきた。
小さい子供の声が響く。
楽しそうに遠くなっていく。
かすかに見えるあれは風船か。
赤いそれが持ち主の気持ちを反映するかのように揺れて、ついに人並みに飲み込まれたところで――。
「おかえり」
「ただいまです……あれっ、化野さん隣にいなかったんですか!?」
「ちょっとね」
結局目的のお店を発見できなかったのか、元いた場所――つまり俺が待っていた場所に戻ってきた菜々花が、驚きを全身で表現した。
探索に夢中になりすぎて、こちらの不在にも気付かなかったらしい。
普段から抜けているとは思っていたけれど、まさか方向音痴まで患っていようとは。家族として付き合っている雪花の苦労が偲ばれるというものだ。
「ここ、おかしいんですよ」
「何が」
「地図上にはしっかりと明記されているのに、その実、お店は存在しないんです。もしかすると資格がないと入れないタイプのお店なのかも……」
ふぅん、と呟いて店の名前を聞く。
最寄りの地図まで歩いていく。
えーと、ここか。
「菜々花が歩いていった方向逆だよ」
「えぇっ!」
「人の流れに何も考えず乗るから」
エレベーターで到着した場所はフロアのちょうど真ん中で、上から見れば楕円のような構造のここを、彼女は真反対に突き進んでしまったのだ。そりゃあ目的地など見つかろうはずもない。
恥ずかしそうに触手で顔――のあたり――を隠す菜々花を眺めながら、俺は喉が渇いたので先程購入したボトルを口に含んで、そっと肩を竦める。
「お可愛いことで」
「うぅぅ……」
「喉乾かない? 飲み物買ったけど」
「すみません、いただきます……」
ゆったりと差し出された触手にペットボトルを渡そうとしたところで、彼女が顔を伏せているせいで、なんと逆の手に持っていた方を掴まれてしまった。
「あ」
落ち込んでいるために俺の反応にも気付かない。
菜々花は器用にフタを開けると、そのまま「ぐぱり」と開いた口らしき部位に、それを傾けてしまう。
化け物の捕食シーンを観察する趣味はないので、手持ち無沙汰になった左腕を使い、未開封のボトルを振った。
「ありがとうございます化野さん。いくらでしたか?」
「値段ねぇ……多分付けられないかな」
「どういうことですか?」
「中古品だから」
「中古……品……??」
意味がわからないとでも言うように首を傾げる菜々花は、しばらく発言の内容について頭を悩ませ、やがて答えに行き着いたのか、平時より赤い体をさらに赤くする。振っていたペットボトルがヒントになったようだ。
「っか、か、か、かぁ……!?」
「カラスの真似?」
「違いますよぅ……!!」
うわわわわ……私ったら、なんてはしたないことを……としゃがみ込んでしまったのであろう肉塊。これで相手が美少女であれば同じ反応をしたはずだ。しかし化け物である。俺は一切の動揺がなかった。飼い犬に顔を舐められたようなものだ。
結局彼女がこちらの世界に戻ってくるのには三分ほどを要し、それ以降は顔を合わせようともしなくなった。
「菜々花?」
「はい……」
「どうして目をそらすの」
「わかってるくせに……」
「恥ずかしいんだ」
「言葉にしないでください!」
一般的な男子高校生である自分にとって、肉塊の目だとか口だとかのパーツがどこに位置しているかなど、見た目からでは読み取れるはずもない。けれども、長くなってしまった付き合いによって大体は予想できる。それによると、菜々花はずっと向こうに視線をやっていた。
だから俺はからかい混じりの口調で指摘してみたのだが、彼女は本当に恥ずかしそうな声を細い喉から通して、ついには降参ですとでも言うかのように、その触手をそっと手に絡めてきたのであった。