目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

肉塊とクリスマス4

 アクセサリーショップに俺はいた。

 菜々花はプレゼント候補を見て回っている。



 彼女の雪花に対する想いは強い。

 それは悩む時間に現れた。

 長針が一周するほど、思案していたのだ。



 俺は菜々花のもとまで歩いていく。



「だいぶ手こずってるね」

「はい。どれがいいか、わからなくて」

「雪花の好みは?」

「……気分によるんですよね」



 聞く度に変わってるんです。

 と彼女はため息をついた。



「流行に敏感とも言います」

「じゃあ流行りのものを……」

「私は鈍いのですよ」

「だろうね」



 想像はできる。

 普段の言動から。

 あるいは見た目から。

 おしゃれな肉塊なんて存在しない。



 俺は展示されているものを覗き込んだ。銀やら金やら、見たことのない色まである。

 自分はアクセサリーに詳しくない。助言をしようと思ったが、どうも上手くできなさそうだ。



 悩みに悩む二人を見かねたのだろうか。

 店員がにこやかに歩み寄ってきた。

 下品な印象を与えない、洗練された表情である。



「何かお探しですか?」

「あの、妹へのプレゼントで」

「まぁ! 普段はどのような格好をされているんですか」

「えぇと……」



 説明するに困った菜々花はスマホを取り出した。

 収められた雪花の写真を提示する。



「可愛らしい方ですね。この場合ですと、ワンポイントなものが適していると思います。本人が華やかな感じですから、そのほうが映えます」



 店員は端的におすすめをしてくれた。例として挙げられたのはピアス。控えめな輝きを放っている。

 しかし材質が銀であるため、俺は心配になった。聖なるパワー的なので浄化されてしまうのではないか、と。



 化け物は化け物を認識しない。

 できないと表現するべきか。

 菜々花は妹がゾンビであるなど――また自分が肉塊であることも――想像せず、素直に頷いた。



「ありがとうございます」

「いえ。またのお越しをお待ちしております」



 小さな紙袋を下げて、菜々花と一緒に店を出る。

 彼女は楽しげだ。



「化野さん」

「ん」

「やりました」



 これで日頃の感謝を伝えられます。

 と触手が揺られた。



 けれども感謝を伝えられても困る。俺は何もしていないのだ。一緒に悩んでいただけ。むず痒くなって、思わず頬を掻く。



「この後は?」

「……というと」

「予定あるのかなって」

「そうですねぇ」



 草壁菜々花は友人だ。

 今ではそう断言できる。

 でも、好き好んで――特にクリスマスに遊びたい容姿ではない。



 解散する流れを期待して尋ねてみたのだけれども、彼女は熟考していた。即答しない。その時点で、嫌な予感はしたのだ。



「化野さん」

「うん?」

「イルミネーションデート、と洒落込みませんか」



 店頭に飾られた安っぽい電灯が、謎の液体を照らした。



     ◇



 白い息が漏れる。

 冷たさに滲んだ涙に、幾千もの輝きが乱反射した。

 菜々花は全身で感情を表している。



「すごいですね」

「うん」

「駅前のも、それなりでしたけど……」



 感嘆のため息が響いた。

 彼女だけでなく、周りの人達も一様である。



 買い物に行っていたショッピングモールは、駅と直結していた。ちょうど駅にいるのだから、少し足を伸ばそうという話になったのだ。



 ここはイルミネーションが有名なテーマパーク。

 花の織りなす景色に、数え切れない光が存在していた。



 うにょうにょとうごめく触手を眺める。まるで生者を食い殺す怪物のように、空へ空へと伸びていた。きらびやかな空間に似合っていない。致命的な瑕疵かしである。



「あ、写真が撮れるみたいですよ」



 敷地内を歩いていると、大勢が立ち止まっていた。

 どうやら絶景があるようで、皆スマホを手にしている。

 中には気合の入ったレンズまで持っている人も。



 菜々花は声を弾ませて走り出した。意識的にか無意識的にか、俺の手を取って走り出した。



 藤の花が咲き乱れている。

 数えるのも馬鹿らしくなるほど、咲き乱れている。

 幻想的な迫力に飲み込まれて、俺達は呼吸すら忘れた。

 おそらく写真を取っている者もそうなのだろう。

 幸福気な眼差しの中に、どこか畏怖を感じる。



「ずっと見ていたら、吸い込まれそうです」

「イルミネーションがあるから余計にね」

「照らしあげられた藤の花が、こんなに綺麗だなんて」



 もしかすると夜だけの姿なのかもしれない。

 夜にだけ人間を襲う妖怪。

 その美しさに見惚れた人間を、怪しい紫の糧にする妖怪だ。



 陳腐な感想がまろび出てくるほど、筆舌に尽くしがたい光景である。数分ほど並んだ後に、列がなくなった。



「じゃあ撮りましょう」

「ん」

「はい、ちーず」



 パシャリ。

 早急に立ち退く。



 次の組が写真を取り始めたのを横目で伺いながらスマホを覗く。視界の隅に肉塊があるのウザいなぁ。



 画面越しに認識する化け物は可愛らしい。

 いや変な趣味に目覚めたとかじゃなくて、本当に。

 まるで人間のように見えるのだ。



 さらさらと流れる金髪が美しい女性は誰でしょう。答えは草壁菜々花です。隣で肉肉しい肉体美を披露している彼女だ。

 詐欺ってものじゃない。訴えられたら間違いなく負ける。



「あれ、化野さん」

「ん」

「なんだか照れてませんか」

「照れてないよ」

「うっそだぁ!」



 俺は一般的な男子高校生である。

 いくら本性が化け物とはいえ、美少女がいたら照れる。

 実際に視認するのとは訳が違うのだ。



 しかし、それを菜々花本人に指摘されるのは腹が立った。今のお前はブロック肉だぞ、と言ってやろうかと思った。さすがにやめたけれど。



「可愛いところもあるんですねぇ〜」

「やめてね」

「ふふふ、やめませんよ。やられっぱなしでしたから」



 触手で「うりうり」と突いてくる。

 かっちーん。



「私のことはどう思ってるんですか?」

肉貪にくむさぼり益荒男ますらお

「肉貪益荒男っ!?」



 なんですかその語感を優先した名前は! 一体私のどこに一致するんですか! と菜々花は抗議してきた。

 一致はすると思う。最適なあだ名だよ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?