謹賀新年。
思えば――いや振り返らなくてもだが、激動の一年が終わった。
昨年は化け物と関係を持つなど想像もしていなかったなぁ。
純粋無垢だった中学生の頃が懐かしい。普通の青春を夢見て、高校に入学したあの頃が。
「さぁさ、お兄ちゃん」
「何」
「あけましておめでとうございます」
「……あけましておめでとうございます」
元気に妹が挨拶してくる。
ソファに寝転がりながらテレビを見ていた俺は、起き上がって返答した。
「新年だよ」
「うん」
「じゃあ初詣行かなきゃね」
「寒いから……」
「あっ、引きこもり!」
うるさい。
寒いのは苦手なのだ。
「ひっきーひっきー引きこもりー」と謎の歌を口ずさみながら、妹はぐるぐると回る。怪しい宗教みたい。
しばらく無視していたのだが、さすがに無視しきれなくなった。
俺はテレビの電源を消す。
ため息をついて、両の足で立ち上がった。
「四十秒で支度しな」
「もう出来てるよ」
「じゃあ俺がしてくるね……」
どうにも最初から行く予定だったようだ。
サムズアップの形で、彼女は闇の触手を伸ばしてくる。
まぁ準備と言っても何もない。スマホだとか財布だとか、最低限のものすらない。一般人には視認できない妹は、準備の必要がないのであった。
適当に服を着て、その上からコートを羽織る。
俺もそれだけで終わりだ。
「お兄ちゃん」
「ん」
「来年こそは初日の出見ようね」
「うん」
玄関で靴を履いていたとき、妹が言った。
昨日のことである。初日の出を見ようという話になったのだが、彼女が寝てしまった。相方がいないのでは、やる気も出ない。俺もベッドに入った。
そうこうして翌日。つまり今日になって。
ドタバタと階段を登ってきた妹が、
『どうして起こしてくれなかったの!』
と泣きついてきたのだ。
いや自分も寝てたし……。
一度も初日の出を目の当たりにしたことがないそうで、彼女の気合は凄まじい。来年こそはと意気込んでいる。
何度か体験している俺としては、そう大したものではないという感想なのだが。
本人は「実際に見ないとわからないでしょ!」とご立腹である。
「うわ、寒」
外に出ると寒さが襲ってきた。
反射的に両手をポケットに突っ込む。
手袋はしていたのだが、それでもなお寒かった。
息を吐いてみると白い。当然かもしれない。数週間前ですら白かったのだから、今ならなおさらだ。
妹も寒さを感じたようで、震えながら俺に抱きついてきた。
離れてくれないかなぁ。
「どうしたの」
「寒いね」
「寒いよ。引っ付いてきたから余計に」
以前も述べたことではあるが、闇は冷たいイメージを孕んでいる。ひんやりしているのだ。夏の暑い日だったら便利だろうけど、今は冬。低温の
文句を言うと妹は小さくなった。
文字通りに、小さくなった。
伸縮可能な化け物なのだ。これくらいはする。
「わかったよ」
「何が」
「両方とも幸せになれる方法」
いそいそとポケットに侵入してくる彼女。
大きさ的に防ごうと思えば防げる。
邪魔してみた。噛みつかれた。
……噛みつかれた? 犬かよ。
飼い犬に手を噛まれるとはこのこと。
別に飼ってないけど。
「お兄ちゃん」
「はい」
「邪魔するのはよくないよ」
「正当な権利ではないか」
文句は封殺された。
妹は何も言わずにポケットに定住する。
ひょいと顔だけ出して、触手を前へ。
「ロボットに乗ってるみたい」
「操作されてる方の気分にもなってね」
「出発進行ーっ!」
今日の彼女はそういう気分のようだ。
仕方ない。
初詣といっても、そこまで遠くに行くつもりはなかった。近所の神社に向かう。さすがに普段より多くの人が訪れていたが、長い間待つほどではない。
繁盛期――神社にそんな形容をするのも違和感を感じるけれども――なためか、砂利道を行ったり来たりする巫女さんが何人かいる。
実際に自分の目で見るのは初めてだったので、不思議な感慨を抱いた。
「巫女さんって本当にいたんだ」
「お兄ちゃん巫女さん好きなの?」
「別に」
「なぁんだ、コスプレしてあげようかと思ったのに」
妹はつまらなそうに呟いた。
化け物系妹属性巫女。
最初の部分がすべてを打ち消している。
需要なし。
しばらく列に並んでいると、前から見覚えのある二人組が歩いてきた。
俺は関わりたくないので顔を伏せる。
「あれ、化野さん?」
「アンタも来てたのね」
「……あぁ、うん」
しかし声をかけられてしまった。
わざわざ目の前で足を止められて、無視をするほど人間性を捨てていない。
苦笑いを浮かべつつ、視線を交わらせた。
「あけましておめでとうございます」
年をまたいでも変わることのない化け物姉妹。
相変わらず姉のほうは肉体美を晒しているが、妹のほうは着物である。
ちなみに菜々花の肉体美とは文字通りのもので、「肉体」もとい「肉塊」の美しさをそのまま露出している。つまり歩く肉塊。
美しくないと言われたら、それまでだが。
二人は甘酒を持っていた。露天で購入したのだろう。まだ湯気をあげているそれを、雪花は静かにすする。
「まさか新年早々アンタの顔を拝むことになるとはね」
「嫌だった?」
「嫌じゃないわ。友達だもの」
友達も嫌なんだけど。
なんて以前は言った気がする。
今となっては慣れてしまい、化け物を「友人」と表現することに忌避感はなかった。付き合うことに忌避感がないとは、間違っても言えないけれど。