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化け物と初詣2

 しばらく草壁姉妹と話をしていると、どうやら彼女らは用事があるようで、後ろ髪引かれる様子で帰っていった。

 後ろ髪が存在するのは片方だけ、というツッコミはしてはいけない。



「……お兄ちゃん」

「ん」

「可愛い人だね」

「可愛くはないと思うが――」



 いつもどおり否定しようとしたのだが、ふとした違和感に苛まれた。



 可愛い人?

 二人いたのに人達ではなく?



 まぁわざわざ〝達〟と付け加えるのが面倒だったのかもしれないけど。

 あるいは片方が妹のお眼鏡に叶わなかったか。



 俺はかすかな違和感を胸の中で消化し、やがて列も短くなってきた。



「お兄ちゃん、私の分も五円玉入れてよ」

「こういうのって自分のじゃないと意味ないらしいぞ」

「自分のがないから」

「仕方ないか……」



 ポケットから指示を出す妹。

 一人で二枚の五円玉を賽銭箱に投げるのは、周りから怪訝な目を向けられてしまう行為ではあるものの、そう言われれば仕方なかった。



 財布を開いて覗き込む。



「五円がない」

「えー、じゃあ五十円とか」

「一番小さいのが五百円」

「…………難しいね」



 俺は数秒だけ逡巡して、五百円を投げ込んだ。



 昨年はありがとうございます。

 化け物と出会うことにはなりましたが、特に問題なく過ごすことができました。

 化け物と出会うこと自体が問題のような気もしますが。



 今年は無事平穏な生活が送りたいです。

 具体的には化け物と可能な限り関わりたくないです。



「……こんなものか」



 一通り願いも終わり、俺は後ろの人に場所を譲る。



「お兄ちゃんは何を願ったの?」

「世界平和」

「言いたくないのはわかったけどさ、返答が適当すぎない?」



 妹は不満げに触手を振った。

 地味に痛い。



 手首にぺしぺしと当たる触手をあしらっていると、ちょうど鳥居を潜って何か・・がこちらに近づいてくるのが見えた。

 もしかすると神はいないのかもしれない。



「あら、曜君ちゃいますか」

「初詣ですか? 奇遇です」



 埃とジガバチである。

 つまり須佐美陽子と逆瀬川美穂だ。



 神への願いは早々に破られた。



「こないなところで出会うゆーのは……運命感じひん?」

「感じないかな」

「いけずぅ」



 相変わらず声だけ聴くと美少女なのだが、残念なことに目を開くと正面にいるのは等身大まっくろくろすけ。

 間違っても新年早々に視認したいものではない。



「曜君」

「ん」



 くいくい、と袖を引っ張られる。

 視線をそちらに向けると美穂だ。

 年をまたいでも変わらず外骨格。



「あけましておめでとうございます」

「……あけましておめでとうございます」

「ふふ、やっぱり曜君と話していると楽しいです」

「楽しさ感じる余地あった?」



 新年の挨拶しかしていないんだが。

 彼女は着物で口元を隠し、



「こういうところですよ」

「……あぁ、そう」



 俺は嘆息した。

 距離感がわからない。



 美穂と会話をしていると、拗ねたように陽子がくるりと回る。



「どう曜君。うちの着物可愛い?」

「着物は可愛いよ」

「〝は〟ってどーゆーこと?」



 中身は可愛くないってこと。

 塵埃じんあいだからね。



 とは口が裂けても言えなかった。

 化野君は心優しいことで有名なのである。



「曜君はもうお詣り終わりましたか?」

「終わった。これから帰るとこ」

「じゃあ三学期に会いましょう」



 美穂は優しく微笑んで――ジガバチのくせして様になっている――脚を振った。一緒に桃色の袖から香りが漂ってくる。

 何か焚いているのだろうか。



 後ろ髪を引かれる思いも特になく、俺は彼女らと別れた。

 人間のサイズに戻った妹は、



「お兄ちゃんってばモテモテだねぇ」

「節穴か? いや目がないのか……」

「あの人達も……その、化け物なの?」

「そうだよ。言ってなかったっけ」



 自分にとって化け物であるのが普通なので、いちいち言葉にすることもない。しかし「化け物」を「化け物」として認識できない妹は、どこか悲しげ・・・に呟いた。



「うん。私にはわからないんだ」

「じゃあ可愛く見えた?」

「とびっきり」

「羨まぁ」



 俺は心からの感想を吐く。



「ごめんね」

「何で謝るの」

私のせいだから・・・・・・・



 それはこの視界のことだろうか。

 妹と初めて出会ったときのことを思い出した。

 たしか瘴気だとかの話だ。



 高校の入学式の少し前に、四十度近くの熱に襲われた。

 妹の瘴気が原因とのことで、俺は気にせず流したものだ。



「別にいいよ」

「そんな訳には……」

「いいんだよ」



 多少強引に口をふさぐ。

 いや口がどこか読み取れないけど。

 勘で。



「何だかんだ言ってるけどね、俺は結構気に入ってるんだ。化け物だとしても中身は人間だし。そこにだけ目をつぶれば普通に付き合えるから」



 問題点はラブコメに発展する可能性がゼロだということくらいだ。

 まともに青春を謳歌するのは難しいけれども、それなりに楽しい生活は送っている。

 決して否定したい現在ではない。



「いや、そういうことじゃ――」

「いいから帰るよ。今日は〝おせち〟らしいし」



 新年という特別な空気に当てられてしまったか、妹はナーバスな気分であるようだ。散歩嫌いの犬でも引きずるように、触手を引っ張って歩く。



 彼女はぶつぶつと何か言っているが、小さくてよく聞こえない。



そうじゃない・・・・・・……そうじゃない・・・・・・んだよ・・・お兄ちゃん・・・・・



 ――こうして、冬休みは終わっていくのであった。

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