しばらく草壁姉妹と話をしていると、どうやら彼女らは用事があるようで、後ろ髪引かれる様子で帰っていった。
後ろ髪が存在するのは片方だけ、というツッコミはしてはいけない。
「……お兄ちゃん」
「ん」
「可愛い人だね」
「可愛くはないと思うが――」
いつもどおり否定しようとしたのだが、ふとした違和感に苛まれた。
可愛い人?
二人いたのに人達ではなく?
まぁわざわざ〝達〟と付け加えるのが面倒だったのかもしれないけど。
あるいは片方が妹のお眼鏡に叶わなかったか。
俺はかすかな違和感を胸の中で消化し、やがて列も短くなってきた。
「お兄ちゃん、私の分も五円玉入れてよ」
「こういうのって自分のじゃないと意味ないらしいぞ」
「自分のがないから」
「仕方ないか……」
ポケットから指示を出す妹。
一人で二枚の五円玉を賽銭箱に投げるのは、周りから怪訝な目を向けられてしまう行為ではあるものの、そう言われれば仕方なかった。
財布を開いて覗き込む。
「五円がない」
「えー、じゃあ五十円とか」
「一番小さいのが五百円」
「…………難しいね」
俺は数秒だけ逡巡して、五百円を投げ込んだ。
昨年はありがとうございます。
化け物と出会うことにはなりましたが、特に問題なく過ごすことができました。
化け物と出会うこと自体が問題のような気もしますが。
今年は無事平穏な生活が送りたいです。
具体的には化け物と可能な限り関わりたくないです。
「……こんなものか」
一通り願いも終わり、俺は後ろの人に場所を譲る。
「お兄ちゃんは何を願ったの?」
「世界平和」
「言いたくないのはわかったけどさ、返答が適当すぎない?」
妹は不満げに触手を振った。
地味に痛い。
手首にぺしぺしと当たる触手をあしらっていると、ちょうど鳥居を潜って
もしかすると神はいないのかもしれない。
「あら、曜君ちゃいますか」
「初詣ですか? 奇遇です」
埃とジガバチである。
つまり須佐美陽子と逆瀬川美穂だ。
神への願いは早々に破られた。
「こないなところで出会うゆーのは……運命感じひん?」
「感じないかな」
「いけずぅ」
相変わらず声だけ聴くと美少女なのだが、残念なことに目を開くと正面にいるのは等身大まっくろくろすけ。
間違っても新年早々に視認したいものではない。
「曜君」
「ん」
くいくい、と袖を引っ張られる。
視線をそちらに向けると美穂だ。
年をまたいでも変わらず外骨格。
「あけましておめでとうございます」
「……あけましておめでとうございます」
「ふふ、やっぱり曜君と話していると楽しいです」
「楽しさ感じる余地あった?」
新年の挨拶しかしていないんだが。
彼女は着物で口元を隠し、
「こういうところですよ」
「……あぁ、そう」
俺は嘆息した。
距離感がわからない。
美穂と会話をしていると、拗ねたように陽子がくるりと回る。
「どう曜君。うちの着物可愛い?」
「着物は可愛いよ」
「〝は〟ってどーゆーこと?」
中身は可愛くないってこと。
とは口が裂けても言えなかった。
化野君は心優しいことで有名なのである。
「曜君はもうお詣り終わりましたか?」
「終わった。これから帰るとこ」
「じゃあ三学期に会いましょう」
美穂は優しく微笑んで――ジガバチのくせして様になっている――脚を振った。一緒に桃色の袖から香りが漂ってくる。
何か焚いているのだろうか。
後ろ髪を引かれる思いも特になく、俺は彼女らと別れた。
人間のサイズに戻った妹は、
「お兄ちゃんってばモテモテだねぇ」
「節穴か? いや目がないのか……」
「あの人達も……その、化け物なの?」
「そうだよ。言ってなかったっけ」
自分にとって化け物であるのが普通なので、いちいち言葉にすることもない。しかし「化け物」を「化け物」として認識できない妹は、どこか
「うん。私にはわからないんだ」
「じゃあ可愛く見えた?」
「とびっきり」
「羨まぁ」
俺は心からの感想を吐く。
「ごめんね」
「何で謝るの」
「
それはこの視界のことだろうか。
妹と初めて出会ったときのことを思い出した。
たしか瘴気だとかの話だ。
高校の入学式の少し前に、四十度近くの熱に襲われた。
妹の瘴気が原因とのことで、俺は気にせず流したものだ。
「別にいいよ」
「そんな訳には……」
「いいんだよ」
多少強引に口をふさぐ。
いや口がどこか読み取れないけど。
勘で。
「何だかんだ言ってるけどね、俺は結構気に入ってるんだ。化け物だとしても中身は人間だし。そこにだけ目をつぶれば普通に付き合えるから」
問題点はラブコメに発展する可能性がゼロだということくらいだ。
まともに青春を謳歌するのは難しいけれども、それなりに楽しい生活は送っている。
決して否定したい現在ではない。
「いや、そういうことじゃ――」
「いいから帰るよ。今日は〝おせち〟らしいし」
新年という特別な空気に当てられてしまったか、妹はナーバスな気分であるようだ。散歩嫌いの犬でも引きずるように、触手を引っ張って歩く。
彼女はぶつぶつと何か言っているが、小さくてよく聞こえない。
「
――こうして、冬休みは終わっていくのであった。