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第10話 みんながたべられるように

 ミリアを引き取ると決めた夜。

 寝床で布団を敷いていた。


 最初は、この世界でも布団があるんだなぁと思ったものである。

 俺の隣にもう一つ布団を敷いたのだ。

 前のおやっさんは夫婦で住んでいたから布団が二つあった。

 それも残してくれていた。


「ミリアも隣に寝ていいの?」


 急にミリアが心配そうに問いかけてきた。


「ごめんな。寝る部屋がな。この部屋しかないんだ。俺と一緒でいいか?」


「うん! いいよ! ふとん、ちかづけていい?」


「あぁ。いいぞ」


 ミリアは布団を一生懸命引っ張り、隣に近づけてくる。

 布団を引くのを手伝いながら、今まではそんなこともできなかったんだと思ったら、込み上げてくるものがあった。

 二人で布団をかぶり、横になる。


「リュウちゃん。て、にぎっていい?」


 手を伸ばしてきたミリアの手を握る。


「わぁ。リュウちゃんのてっておおきいね?」


「そうか?」


「うん。すごく、あったかい」


 しばらく握っていると、寝息が聞こえてきた。

 この子はどれほどの苦労をしてきたのだろう。

 一人で寝て、食事も満足にとっていなかったのだろう。


 これからは、俺の子供として育てる。

 あの親の元へは返すことはないだろう。

 これが日本だったら、手続きなどでめんどうなのだろう。


 だが、ここは異世界。

 めんどうな手続きなどない。

 すぐに自分の子とすることもできる。


 そういう面ではいいのかもしれない。

 いつの間にか、俺も眠りについていた。


◇◆◇


 目を覚ますといつもの天井だった。

 ただ、いつもと違うのは、自分の手の中に小さな手があること。温かいその手は丸めて縮まっている。かわいらしい手である。


 日の光で目を覚ましたことを考えると、おそらく七時くらいだろう。

 顔を洗ってこの世界の割烹着に着替える。

 先代のおやっさんから譲り受けたものだ。


 厨房へと行って、釜に米を入れて水を入れる。

 そして、魔道コンロに火を入れる。

 こうしてお米を炊く。


 次にトロッタの肉を醤油とみりん、砂糖で煮る。

 角煮の要領だ。

 ちょっとショウガとニンニクのようなものを入れる。


 味噌もあるので、みそ汁を作る。

 イモンというジャガイモのような野菜を入れ、豆腐を入れる。


 香ばしい香りが厨房に立ち込める。

 この匂いでミリアは起きたようだ。


「なんかいいにおい……」


「ははは。なんか食べるか? トロッタ煮があるぞ?」


「でも、おきゃくさんのでしょ?」


「できたてを食べられるのが、ここに住んでいる特権だ。そこに座るといい」


 カウンターの近くの席へとミリアを案内し、座ったところへみそ汁を置く。


「トロッタ煮はもう少ししたらできるから、ちょっと待ってな」


「うん。これのんでいいの?」


「あぁ。熱いからゆっくり冷ましながら飲んだ方がいいぞ?」


「うん」


 ミリアはふぅふぅと冷ましながら一口啜る。

 目を瞑り、味わっているようにも、驚いているようにも見えた。


「……わぁ。おいしい」


「そうか? 沢山あるから好きなだけ食べていいぞ」


「うん。トロッタ煮も食べたい」


 そう口にし、ハフハフいいながらみそ汁の具を口へと運んでいる。笑みがこぼれているのは、俺としてはものすごくうれしいのだが、それを表に出さないように我慢する。


 トロッタ煮を煮立たせながら自分もみそ汁を食べていた時だった。

 入口が少し開き、人が顔をのぞかせた。


「あれ? まだ始まってないですわよね?」


 入ってきたのは、アオイだった。


「おう。今は仕込み中だ。今日、アオイの番だもんな。よろしく。この子はミリアだ」


「サクヤに聞いてはいましたが、家に帰ったのではなかったのですか?」


「あぁ。それが、いろいろあってなぁ。俺がミリアを引き取ることになったんだ」


 目を見開いたアオイ。

 しばらく固まっていた。


「そういうことになったんですの? それは、予想外でしたわ」


「そうか? まぁ、勢いだったからな」


「……でも、それはよかったのかもしれませんわね」


 ミリアのおいしそうにみそ汁を食べている姿を見て、アオイは口角を上げながらそう言ってくれた。そうだよな。これでよかったんだと、そう思わせてくれた。


「アオイも朝ごはん、食べないか? もうすぐご飯が炊ける。その頃には、トロッタ煮もできるぞ?」


 ゴクリッとアオイの喉が鳴った。食べていいものかと葛藤をしているようだ。


「いいんですの?」


「早く来てくれたんだから、従業員の特権だ」


 そういうと華やかな顔をして席へと着いた。


「いただきますわ!」


 そう言ったのを聞き、ミリアとアオイの分のご飯とみそ汁、トロッタ煮を載せたお盆を席へともっていく。


 アオイは大きく息を吸い込み、ため息をついた。


「すごく、いい匂いですわ!」


 勢いよくトロッタ煮を口へと入れると、顔を真っ赤にさせて上を向いた。

 どうしたのかと思ったら、口をパクパクしている。


「熱かっただろう? 冷まして食えよ」


 俺は笑いながらカウンターの奥へと引っ込むと、ミリアが必死にトロッタ煮を冷ましている。


「ミリア、小さくほぐして食べろ。そうすれば、すぐに冷めるぞ?」


「うん!」


 フォークを使い、小さくほぐしていくミリア。口から一生懸命風を送り、熱々のトロッタの肉を冷ましている。その姿がとても愛らしかった。


 一口、口へと運ぶと目がトロンと下がった。かと思ったら、目尻から雫が落ちた。


 俺は慌ててミリアの元へと駆け寄った。


「大丈夫か⁉ 熱かったか⁉」


 首を振るミリア。


「ううん。ミリア、こんなに美味しいの食べたの初めて!」


「はははっ! そうか! そりゃよかった!」


 満面の笑みを見た俺は安心し、ミリアの綺麗な金髪をなでた。


「みんながたべられればいいのにね?」


 その言葉にハッとした。

 たしかに、他にも食べたい人はいるかもしれないよな。


 思いついたのは、裏にあったメニューを書く用の紙。それを利用しようというもの。

 カウンターの目につくところへ張ったのだ。


『お腹がすいて困っていたら、オヤジに相談してくれ』


 これは、食へ困っている皆へのメッセージだ。それが届くことを願って。

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