ミリアを引き取ると決めた夜。
寝床で布団を敷いていた。
最初は、この世界でも布団があるんだなぁと思ったものである。
俺の隣にもう一つ布団を敷いたのだ。
前のおやっさんは夫婦で住んでいたから布団が二つあった。
それも残してくれていた。
「ミリアも隣に寝ていいの?」
急にミリアが心配そうに問いかけてきた。
「ごめんな。寝る部屋がな。この部屋しかないんだ。俺と一緒でいいか?」
「うん! いいよ! ふとん、ちかづけていい?」
「あぁ。いいぞ」
ミリアは布団を一生懸命引っ張り、隣に近づけてくる。
布団を引くのを手伝いながら、今まではそんなこともできなかったんだと思ったら、込み上げてくるものがあった。
二人で布団をかぶり、横になる。
「リュウちゃん。て、にぎっていい?」
手を伸ばしてきたミリアの手を握る。
「わぁ。リュウちゃんのてっておおきいね?」
「そうか?」
「うん。すごく、あったかい」
しばらく握っていると、寝息が聞こえてきた。
この子はどれほどの苦労をしてきたのだろう。
一人で寝て、食事も満足にとっていなかったのだろう。
これからは、俺の子供として育てる。
あの親の元へは返すことはないだろう。
これが日本だったら、手続きなどでめんどうなのだろう。
だが、ここは異世界。
めんどうな手続きなどない。
すぐに自分の子とすることもできる。
そういう面ではいいのかもしれない。
いつの間にか、俺も眠りについていた。
◇◆◇
目を覚ますといつもの天井だった。
ただ、いつもと違うのは、自分の手の中に小さな手があること。温かいその手は丸めて縮まっている。かわいらしい手である。
日の光で目を覚ましたことを考えると、おそらく七時くらいだろう。
顔を洗ってこの世界の割烹着に着替える。
先代のおやっさんから譲り受けたものだ。
厨房へと行って、釜に米を入れて水を入れる。
そして、魔道コンロに火を入れる。
こうしてお米を炊く。
次にトロッタの肉を醤油とみりん、砂糖で煮る。
角煮の要領だ。
ちょっとショウガとニンニクのようなものを入れる。
味噌もあるので、みそ汁を作る。
イモンというジャガイモのような野菜を入れ、豆腐を入れる。
香ばしい香りが厨房に立ち込める。
この匂いでミリアは起きたようだ。
「なんかいいにおい……」
「ははは。なんか食べるか? トロッタ煮があるぞ?」
「でも、おきゃくさんのでしょ?」
「できたてを食べられるのが、ここに住んでいる特権だ。そこに座るといい」
カウンターの近くの席へとミリアを案内し、座ったところへみそ汁を置く。
「トロッタ煮はもう少ししたらできるから、ちょっと待ってな」
「うん。これのんでいいの?」
「あぁ。熱いからゆっくり冷ましながら飲んだ方がいいぞ?」
「うん」
ミリアはふぅふぅと冷ましながら一口啜る。
目を瞑り、味わっているようにも、驚いているようにも見えた。
「……わぁ。おいしい」
「そうか? 沢山あるから好きなだけ食べていいぞ」
「うん。トロッタ煮も食べたい」
そう口にし、ハフハフいいながらみそ汁の具を口へと運んでいる。笑みがこぼれているのは、俺としてはものすごくうれしいのだが、それを表に出さないように我慢する。
トロッタ煮を煮立たせながら自分もみそ汁を食べていた時だった。
入口が少し開き、人が顔をのぞかせた。
「あれ? まだ始まってないですわよね?」
入ってきたのは、アオイだった。
「おう。今は仕込み中だ。今日、アオイの番だもんな。よろしく。この子はミリアだ」
「サクヤに聞いてはいましたが、家に帰ったのではなかったのですか?」
「あぁ。それが、いろいろあってなぁ。俺がミリアを引き取ることになったんだ」
目を見開いたアオイ。
しばらく固まっていた。
「そういうことになったんですの? それは、予想外でしたわ」
「そうか? まぁ、勢いだったからな」
「……でも、それはよかったのかもしれませんわね」
ミリアのおいしそうにみそ汁を食べている姿を見て、アオイは口角を上げながらそう言ってくれた。そうだよな。これでよかったんだと、そう思わせてくれた。
「アオイも朝ごはん、食べないか? もうすぐご飯が炊ける。その頃には、トロッタ煮もできるぞ?」
ゴクリッとアオイの喉が鳴った。食べていいものかと葛藤をしているようだ。
「いいんですの?」
「早く来てくれたんだから、従業員の特権だ」
そういうと華やかな顔をして席へと着いた。
「いただきますわ!」
そう言ったのを聞き、ミリアとアオイの分のご飯とみそ汁、トロッタ煮を載せたお盆を席へともっていく。
アオイは大きく息を吸い込み、ため息をついた。
「すごく、いい匂いですわ!」
勢いよくトロッタ煮を口へと入れると、顔を真っ赤にさせて上を向いた。
どうしたのかと思ったら、口をパクパクしている。
「熱かっただろう? 冷まして食えよ」
俺は笑いながらカウンターの奥へと引っ込むと、ミリアが必死にトロッタ煮を冷ましている。
「ミリア、小さくほぐして食べろ。そうすれば、すぐに冷めるぞ?」
「うん!」
フォークを使い、小さくほぐしていくミリア。口から一生懸命風を送り、熱々のトロッタの肉を冷ましている。その姿がとても愛らしかった。
一口、口へと運ぶと目がトロンと下がった。かと思ったら、目尻から雫が落ちた。
俺は慌ててミリアの元へと駆け寄った。
「大丈夫か⁉ 熱かったか⁉」
首を振るミリア。
「ううん。ミリア、こんなに美味しいの食べたの初めて!」
「はははっ! そうか! そりゃよかった!」
満面の笑みを見た俺は安心し、ミリアの綺麗な金髪をなでた。
「みんながたべられればいいのにね?」
その言葉にハッとした。
たしかに、他にも食べたい人はいるかもしれないよな。
思いついたのは、裏にあったメニューを書く用の紙。それを利用しようというもの。
カウンターの目につくところへ張ったのだ。
『お腹がすいて困っていたら、オヤジに相談してくれ』
これは、食へ困っている皆へのメッセージだ。それが届くことを願って。