昼営業が始まると、アオイはキッチリと働いた。
ミリアが様子を見に来てチョロチョロしている。
みんなが食べられるように。
『お腹がすいて困っていたら、オヤジに相談してくれ』
そう思って張ったものだったが、悪しき心の持ち主にはいいように見えたようだ。
「なぁ。おやっさん。俺、金ねぇんだけどご飯くいてぇ」
「おれもぉ」
明らかに冒険者風の風貌。
装備があるのだから、売れば食事代くらいにはなるのではないかと思っているが。
無下にするわけにもいくまい。
少し考えていると、その男二人はさらに言葉を続けた。
「三日前から飯食ってねぇんだよぉ」
「おれもぉ」
こども食堂をやろうとすると、こういう弊害があるのか。それを、異世界ながら実感した。こういった事が日本でも起きるのだろうか。
日本では、逆に困っている人が来づらいという現状があったと思う。お金のない人が行くところというイメージが付きすぎたんだそうだ。
「わかった。じゃあ、お代はいらねぇよ」
「ありがてぇ」
「おれもぉ」
周りから怪訝な目で見られていた冒険者風の男たち。他の客はヒソヒソと話している。
ここが暖簾を下げている間はこども食堂として活動しているということは、まだ知られていないだろう。ただ単に、ご飯に困っていたら声をかけてと書かれていたから。
男たちは淡々とご飯を食べて、席を立った。
もちろん器はそのままである。
そこへ現れたのはミリアだ。
「あれ? おにいちゃんはおさらあらわないの?」
目を見開いて驚いている冒険者風の二人。
一体この子は何を言っているのだろう?
そういった反応を見せていた。
「ミリア。あれは別に強制じゃないんだぞ? 食べたご飯の分、働きたいっていうからみんなお皿を洗っていくだけだ」
そう俺がミリアを叱る。
すると、その二人の冒険者風の男たちは顔を真っ赤にして、皿を下げると洗ってそそくさと帰っていった。
これで、あの二人はもうタダでは食べないだろう。
俺はそう確信した。
今回はミリアに感謝しなければならないな。
冒険者が過ぎ去った後、他のお客さんたちは笑いを堪えていた。まさか、あのような形で冒険者風の二人が制裁を食らうとは思っていなかったのだろう。
「くっくっくっ。お嬢ちゃんはいつもお皿をあろうてんのかい?」
商人風の服を着た小太りの男がミリアに声をかけた。
「うん。みんな、リュウちゃんのごはんをたべたあとは、おさらをあらうの!」
「そうかそうか。それは偉いわ。おやっさん、お子さんがぎょーさんおるのかい?」
その男は俺が数人の子供を育てていると思ったようだ。
どういったらいいものか考えている間、少しの沈黙を作ってしまった。
「……いやぁ、実はこの子は引き取った子なんです。ご飯を食べにくる数人は、親を亡くした子でして」
そこまで話すとその男は目を見開いて驚いた様子だった。一体何に驚いたのだろうか。
「なんやて? もしかして、おやっさん。飯で困っている子達に無償でご飯を食べさせてはるの?」
「そうです。他にも困った子がいればと、そう思いあの張り紙を張ったんです」
「なるほど! そうかぁ」
商人風の男は腕を組むと目を瞑り、何かを考えているようだった。何やら唸っている様子だ。その間にもアオイが注文を伝えてくれて料理を作っている。
手は止めてはいない。
しばらくその男は考えていた。
「よしっ! ワイがこの店に安く食材を入れたる!」
その言葉に、驚いたのは俺の方だった。一体どういうことだろう?
「あのぉ? どういうことでしょう?」
「おやっさんの心意気に惚れたわ! ワイはダリル商会の会長、マルコ・ダリルや! ワイと契約を結びましょう!」
急な展開に驚いてしまって、口を空いたまま固まってしまった。
「リューさん、焦げますよ!」
パタパタ動いていたアオイに注意されて、ようやく脳が再起動した。料理する手を止めないように思考を巡らせる。
安く仕入れさせてくれるのは、こちらとしてはうれしい限りだ。何も問題はないと思う。ただ、先代の贔屓にしていた商会を無下にするのも申し訳ないしなぁ。
「今の取引している商会っちゅうんは、前のおやっさんの繋がりなんか?」
「そうです。俺がこの街のことを全然知らなくて。それで、先代の親父さんが繋がりはそのままにしてくれたんです」
「どこの商会なん? ワイが話つけるわ。心配せんでええよ? どこからがワイで、どこからがそっちの商会かの線引きをするだけや。追い出したりはせえへんから」
口早にそう説明するマルコさん。話をつけてくれるならありがたい。だけど、俺も一緒に話した方がいいだろう。すべて任せるのは忍びない。
「エリック商会です。俺も話し合いには同席します。昼営業が終わったら話をしましょう」
「せやな。じゃあ、ワイがエリック商会のもんを連れてくるわ」
それは失礼には当たらないだろうか。そんなことを考えていたら、顔に出ていたようだ。
「そんな難しい顔せんでええて。エリック商会とは仲ようやってるさかい、大丈夫や」
「すみません。では、お願いします」
頭を下げるとマルコさんは手を上げて席を立った。自分の食事は終わっていたようで、アオイがカウンターへと向かう。
「お嬢さんは、おやっさんの知り合いなん?」
「アオイといいます。私も、無償でご飯を頂いている一人です。リュウさんをどうか助けてあげてください」
お金を受け取りながらアオイがそんなことを口にしていた。そんなことを頼むとは思っていなかったので、内心驚いている。
「っちゅうことは、アオイさんは、親を亡くしてるっちゅことかい?」
「はい。両親は街を守る兵士でした」
「……もしかして、一昨年の王都スタンピード?」
「そうです。この街まで余波が来ました」
「せやったなぁ。あの時は大変やった。街を守った英雄やったのに、子供たちをこんな風に放っておくなんてこの街の領主はクソやな」
アオイは過去を思い出しているのか、暗い顔をして俯いていた。
「辛いことを、思い出させてしまったね。すまん。アオイさんたちのためにも、ワイも一肌脱ぐわ! じゃあ、またな!」
手を上げると、お腹を揺らしながら去っていった。
おそらく、マルコさん自体はお金を持っているのだろう。
心も優しそうだ。いい方向に話が進むといいのだが。
これから始まる話し合いへと思いを馳せながら、料理を作り続けた。