セバスさんの声がした後、恐らく兵士たちだと思うのだが。騒がしい声を上げていた。主に「なぜ?」とか「いないはずだろ!」とかそういったもののようだった。
なぜいないことを知っているのだろうか。それを疑問に思っていた。そして、セバスさんがいると分が悪いと思ったのだろう。外が静まったということは、領主の私兵は立ち去ったということだと思う。
屋敷の入り口には武装をしたメイドさんと、執事さんがいて騒然としている。外の様子を窺うが、ガラスに覆われた入口からは門の内側しか見えない。
音が聞こえて来ないので、いなくなったと思うのだが……。
視界の門がわずかに動いた気がした。目を凝らすと冒険者の二人が不満気な顔でやってきた。セバスさんが来てくれたのになぜだろうか。
その後にやってきたのは、ドムさん、次いでセバスさん。二人とも重苦しい空気を纏っている。ドムさんはこの世の終わりかのような青い顔で俯いている。セバスさんの顔にも怒りが見え隠れしているよう。
四人は重い足取りで門から歩を進め、入口の扉を開いて入って来た。
「みんな、すまんな。恐かっただろう?」
子供達の前にしゃがんで声を掛けてくれたセバスさん。セバスさんが謝ることではないと思うが、いったいなにがあったのだろうか。
「おじいちゃん、どうしておねえちゃんたちと、ララちゃんがつれていかれそうになったの?」
「なんじゃと?」
ミリアが先ほどのことを質問すると。セバスさんの顔が険しくなり、声を強くした。困惑と怒りが露になる。だが、それ以上に反応の大きい人がいた。
「なんだって⁉ ララも要求されたというのか⁉」
手を震わせながらドムさんが声を上げた。ワナワナと体を震わせて顔を赤くしている。そして、鉱物でできた床を両手で力いっぱい打ち付けた。
鈍い音が響き、腕の方を心配してしまう。折れたのではないかと思うほどの重低音が響いたからだ。何度も打ち付けているから大丈夫なのだろうけど。
「ドム。お主、騙されたんじゃて」
ため息を吐きながら呆れたようにそう口にしたセバスさん。いったいどういうことなのだろうか。
ドムさんが騙された?
一体誰に?
当の本人はかわらずに、悪態をつきながら床を手で打ち付けている。床が砕けることはないだろう。ドムさんは別に砕くつもりで叩いているわけではないと思うが、段々紫になっている手が心配だ。
「ドムさん。落ち着いてください。大切な手が怪我しますよ?」
宥めようと声を掛けた。だが、やめようとしない。これでは、埒が明かない。
前にしゃがみ込むと、右腕を振りかぶった。今の俺はためらいがなく。これが正しいことだと思うことにしたんだ。
乾いた破裂音が鳴り響いた。手が心臓から血を送られてくる度に鈍痛を発している。自分の中では力を込めた方だと思う。
目を見開いてキョトンとしているドムさん。驚いたのかもしれないけど。俺だって、間違っているときは間違っているというのだ。
「ドムさん。自分のことを痛めつけるのはやめてください。話を聞かせてくれませんか?」
頭を下げたまま、重い口を開いた。
「ララを助けるために、みんなを裏切ったんです」
どういうことだろう?
セバスさんは、腕を組んでため息を長く吐き。頭を掻いている。イライラしているようにも見えるし、呆れているようにも見える。
「生活するには、Aランクの依頼を受けるしかないんだ。しかし、Aランクの依頼は期間が長い。そして、遠出をする。そうなると、ララがいる俺は受けることができない」
静かに語り出したのは、今の生活の苦しさだった。小さな子供を抱えて冒険者として生きていくのは、かなり困難な状況だったようだ。
「そうなると低ランクの依頼を受けなければならない。装備の手入れと購入、食事のこと。住むところの家賃。色々と考えると生きていけないんだ」
そうなのかもしれないな。もっと早く気が付いてあげられればよかったんだけど。
「どうしてたんですか?」
「家賃を滞納してしまっていたんだ」
そうなってしまっていたのか。そうとう生活が困窮していたようだ。
「誰が大家なんです?」
大家さんがいい人だから待ってくれていたのだろうか。俺はそう思ったのだが、それはお門違いだった。
「領主なんだ……」
蹲って頭を抑えて震えていた。
脅されていたということだろう。セバスさんも聞いていなかったようで、拳を握り締めて震えている。こうやって家賃の肩代わりとして裏切る行為を強要されていたのか。
「情報を流したということですか?」
「くっ……そうだ。本当にすまない!」
鉱物の床に頭を叩きつけて土下座した。俺はそんなことを求めてはいない。
「ドムさん。頭を上げてください。俺は、怒っていません」
「私はどうなってもいいのです。どうか、ララはご容赦を!」
この言葉に悲しくなった。俺が領主と同じような人物だと思われてしまっているのだろうか。誰も信用できない状態だったのだろうけど。信用してほしかったな。
「俺も子供を守りたいという思いは一緒です」
「なら──」
「──ですが、他の人を犠牲にするのはもっと嫌です」
ドムさんの顔が歪んだ。自分はそんな道を選んだことを、今は後悔しているように見える。
でも、俺がドムさんを恨むことはない。サクヤ、アオイもわかってくれるだろう。なぜなら、本当に悪いのは領主だからだ。
こういう一人親の人たちは、珍しいが存在する。そんな人たちが満足に生活できるような政策をしてこなかった領主が悪いのだ。その上、家賃を払わないと脅して裏切らせるなんて許せない。
「俺はドムさんを恨むことはありません。結果的に悪いのは領主であり、そんな状態になっているのに気づいてあげられなかった俺が許せません」
自分が許せない。最近一緒にいたのに、そんなに苦しい状況だということに気が付いてあげられなかった。それが悔しくて仕方なかった。
目から溢れるものを堪えられなかった。
「リュウさん……」
ドムさんも顔を歪めて目を瞑り震えていた。雫が落ちて床を濡らす。
「ドムよ。なんでワシへ相談しないんじゃ。そんな状態だったのなら力になったのにのぉ。しかしのぉ、一番一緒にいるワシが気付けなかった。すまなかったのぉ」
セバスさんはしゃがむとドムさんの背中をさすりながらそう謝罪した。
唸るような声を出して泣き崩れるドムさん。いろんなことを抱えてきたものが、全て崩れ去った瞬間だった。
「一緒にどうすればいいか、考えていきましょう」
そう告げ、抱き合ってこれまでの思いを一緒に吐き出したのだった。