広場にはたくさんの花が手向けられている。奥には四角い箱へ納められたセバスさんの遺体が眠るように横になっている。
S級冒険者だからこんなに人が来るのか。それも違う気がする。セバスさんだからこそだろう。
空は青く晴れ渡り、俺たちの心とは正反対の天気だ。こういう時位雨が降ってくれればいいのに、そう勝手なことを考えてしまう。
この世界の大きな太陽がセバスさんの青白い肌を焦がすようだ。焦がしていたら「暑いのぉ」といって今にも起き上がってきそうな。そんな気がしてくる。
「おじいちゃんって、もうおきないの?」
ミリアは人が亡くなるところを初めて間近にみたのだろう。起きないことが不思議だといった感じ。何と説明したらよいものか。
「ミリアちゃん。セバスさんの魂はね、黄泉の世界に行くの」
ミリアの横へしゃがみこみ、説明を始めたのはサクヤだ。自分の親を亡くしているサクヤは死というものをしっかりと受け止めているのだろうと思う。それを、ミリアに教えてくれているのだ。
「よみのせかい?」
「そっ。死んだ人は、いい行いをしたか、悪い行いをしたか。神様に審判されるの」
そんな言い伝えがあるのだろうか。サクヤの話している話は俺も聞いたことのあるようなお話だった。どの世界も死後の世界があるという考えをする人もいるのだろう。
「そうなんだ。じゃあ、おじいちゃんはだいじょうぶだよね?」
「そうねぇ。ウチは助けられたし……。ミリアちゃんは?」
ミリアへセバスさんのことを考える時間をくれた。助けられたとか、有難いことをしてもらったという意識があるのだろうか。自分の六歳くらいの頃といえば鼻を垂らして外を走り回っていた気がする。何も考えていなかったように思う。
「うーん。リューちゃんをたすけてくれた」
この子からしたら、セバスさんは自分を助けてくれたというより、俺を助けてくれたというように受け止めているのか。それもなんだか不思議な気分だ。
サクヤはその答えを聞くと俺の方へと視線を向けながら口角を上げている。よかったねと言われているような気がしてなんだかむず痒い。
「それなら、セバスさんは、楽しく過ごせるんじゃないかな?」
「そっか。それならよかった!」
満面の笑みを浮かべたミリア。セバスさんが楽しく過ごせると知って安心したみたいだ。
「サクヤ。ありがとうな。俺はダメだな……」
「もう! リュウさんまでそんな顔しないでくださいよ!」
思わず暗い顔をしてしまっていたのだろう。サクヤに激をとばされてしまった。
「そうだよな。すまん」
セバスさんの横になっている姿を眺めながら話をしていたら、東の方からアオイがスカイブルーの髪を靡かせながら歩を進めてきた。手を振ると笑みを浮かべて手を振り返してくれた。
サクヤの横へと歩み寄る。
「今の領主さん。ヨシト様というらしいのだけど、スタンピード孤児の人みんなへ一人につき、月毎に大硬貨五枚の補助をしてくれるそうです」
「そうか。じゃあ、アオイたちは二十枚もらえるんだな」
そんなにもらったら、『わ』で働く必要がなくなるな。これは困ったことになった。ホールをしてくれる人がいなくなっちまうな。
まぁ、シグレさんでも雇おうか。
「リュウさん、なんか変なこと考えているんじゃないですわよね?」
「えっ?」
アオイの言葉に動揺してしまった。自分の考えが筒抜けになっているような。変な気分になってしまう。心の声が聞こえてしまっていたら。困る。
「ははははっ! アオイすごいわ! これは、完全に変なことを考えている顔ね! 当てて見せるわ!」
人差し指で俺の顔を指しながらそう宣言した。もう片方の手は腰に手を当てて、犯人をいい当てられるような妙な緊張感がある。
周りの人が「なんだ?」「リュウさんじゃないか」とざわついている。ただでさえ、アオイとサクヤは目立つのに。さらに目立ってしまっている。
「補助が入るなら、『わ』の接客の仕事をウチらが辞めると思っている!」
それは、そう思ってるけど。
「ん? だって、嫌な思いして働く必要ないじゃないか。別の人を雇うよ」
口にした瞬間頬を膨らませたサクヤが目を吊り上げた。そして、腕を組んで睨みつけてくる。
「どうして、嫌だって決めつけるんですか?」
「い、いや、だって言い寄られたり……」
「そんなの! なんの仕事をしてもあるんです!」
そう宣言できるのが逆に凄いと思うが、確かにそれはそうなのかもしれない。何の仕事をしていても、サクヤとアオイは目立つだろうし。
しかし、仕事しなくてもいいというのなら、それはそれでいいのではないだろうか。
「いい考えがあります!」
サクヤは人差し指を天へと向けてなにやらドヤ顔をしている。良いことを思いついたといった感じなんだろう。一体何を思いついたのやら。
なんとなく自分を犠牲にする提案の気がして身構えてしまう。
「ウチの給金分を、こども食堂の運営に回してください!」
「それは、私も賛成ですわ。私の給金分も、こども食堂の運営に」
サクヤに続き、アオイも進言してくれる。今のところはセバスさんからの寄付ももらえるということになっているし、それは自分で好きなものを買えばいいと思うのだが。
「自分の為に――」
「――ダメです。これは、ウチと」
「私の意思ですわ」
二人の目は本気だった。引き下がりません。そう目が物語っていた。
「ありがとう。そうするよ」
頭を下げて礼を言う。すると、二人は首を横に振った。
「ウチらが、リュウさんから受けた恩は、こんなものじゃありません」
目を潤ませながらそう語るサクヤ。
「あの時、食べるものが無くて死を覚悟して、イワンとリツに謝る日々だったあの時。手を差し伸べてくれたから、私たちは生きています」
静かにそう語るアオイも両手を抱え込んで少し震えている。
あの時は四人とも痩せていたものな。俺は食べさせる選択しかなかった。二人もなんだか成長してしまったな。すっかり俺にお説教するくらいに精神が成熟している。
「これからも、沢山食わせてやるよ」
そういうと、二人とも笑みを浮かべて頷いた。
もう少ししたら、盛大に葬儀が行われるらしい。
パレードのようなものが始まろうとしていた。
俺は静かに後ろを向き、目を拭ったのだった。