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第71話 悲しい、嬉し涙

 一定の間隔で重低音が響き渡る。大行進をしている音なのだろう。西の領主邸へ向かう道の方から音が徐々に近づいてくる。


 道の両脇には行進を見ようと、人が両脇に並んで道の中心を向いている。その人たちは両手を胸の前で組んで祈っている。この世界での葬儀というのはそういうものなのだろうか。


 見様見真似で祈ろうとしていると、サクヤとアオイはすでにその体勢になっていた。両親が亡くなった時、すでに葬儀をしているから知っていたのだろう。


 ミリアも俺をチラチラみながら同じような格好をしている。並んでいる人達はセバスさんへのそれぞれの思いを捧げているのだろう。


「うぅぅぅ。命を助けて頂いて……有難う御座いました」


 近くで泣き崩れていた中年女性の声が耳へ入って来た。この女性のような人が沢山いるのだろう。セバスさんはいったいどれだけの命を救ってきたのか。


 俺たちも救われた人たちの中の一人だ。セバスさんがいなければ、家もなくその辺を彷徨っていたことだろう。


 人を救いたい。その思いは共通していたと思う。だからこそ、『わ』に協力してくれていたのだと思う。


 大行進してきた国の兵士たちは、目の前を通り過ぎ。セバスさんの眠っている台の前へと立ち止まった。号令がかかる。


「多くの人々を救った偉大なS級冒険者! セバス殿へ! 敬礼!」


 一斉に行進してきた兵士たちは、胸の前へと拳を掲げた。視線はセバスさんへと注がれていて、中には涙を流している兵士もいる。何かその兵士にも思い入れがあったのかもしれない。


 空から複数の腹を震わせる程の音が響き渡った。みなが空を見上げると緑のドラゴンがゆらゆらと動いている。その横には、セバスさんに似た形の炎が揺らめいていた。


 炎は腕を振るうような動作をする。すると、緑のドラゴンは霧散し、空へと輝きを放ちながら散っていった。


「ほへぇー」


 ミリアが空の光景に見惚れている。セバスさんの強さというものを現わしてくれているのだろう。素晴らしいと思った。


 リツ、イワンはポケーッと口を開けて見上げている。サクヤ、アオイは、目に雫を溜めながら空を見つめてお礼を口にしていた。「ありがとうございました」と。


 国の兵士たちは、再び敬礼するとセバスさんを台ごと担ぎ上げ、そのまま運んでいった。セバスさんは土へと埋められるらしい。この国なのかこの世界なのかはわからないが、土葬が普通なんだそうだ。


 ゾンビとして蘇ったりするのではないかと思ってしまったが。セバスさんが蘇ってくれるのならそれはそれでいいかと思い直した。


 そんなことより、俺たちはセバスさんの思いを引き継ぎたい。人を助けるということ。人を救うということ。その思いと実行力はセバスさんの背中を見ていて身に染みている。


 セバスさんの最期の姿を目に焼き付けて、遠ざかっていく兵士とセバスさんを見送った。


「セバスさん、なんだか安らかでしたよね? 顔が苦しそうじゃなかったです!」


「そうだな。人生、やり抜いたんだろうな」


 俺も自分の人生を自分なりに生きられたとしたら、セバスさんのような安らかな顔ができるのだろうか。何の後悔もない人生を送れるのだろうか。


「私は、同じような人たちを助けたいですわ」


 アオイがそういうと、サクヤも頷いて賛同する。


「でも、それにしても必要ですよね?」


「何がだ?」


 人を助けるのに何が必要だというのだろうか。覚悟、とかか?


「やだなぁ。皆が集まる場所ですよ。『わ』です!」


「……ぷっ。そうだな」


 俺が笑うと、サクヤは口を尖らせて目を吊り上げ、怒っているようだった。


「なんで笑うんですかぁ?」


「いや、すまん。なんか覚悟が必要なのかなと思ったんだけど、ちょっと予想外の回答だったからな」


 頭を掻きながら苦笑いすると、余計口を尖らせた。


「そりゃ、覚悟も必要ですけど。『わ』を復活させるんですよね?」


「そうだな。執事のカミュさんが支援してくれるっていうからな。他のことに使ってくれって言ってもそれは聞けないみたいだから……」


 腕を組んで難しい顔をするサクヤ。


「それはそうじゃないですか? だって、セバスさんは領主がいなくなったら復活させようって言ってくれていたじゃないですか!」


「そうだけど……」


「復活させて、いろんな人を救いましょうよ!」


 人を救うために、俺達にはこども食堂が必要だ。料理でしか人を救うことができないのだから。武力がないから魔物から救うこともできない。災害からも救うことはできない。ただ、空腹からは救うことができる。


 ただそれは、生きるということに直結するのではないだろうか。


「そうだな。生きるということを精一杯手助けしよう」


 サクヤとアオイは同時に頷き、決意に満ちた目をしている。俺も気圧される程、覚悟に満ちた目をしていた。その目に嬉しくなる。


 二人は最初自分のことしか考えることができなかった。それが、『わ』を通じて色々な人と交流して人を助けるという覚悟を持つまでに成長した。


「ミリアもてつだえるかなー?」


 話を聞いていたミリアが、自分も助けたいという。その思いも嬉しかった。


「ミリアにもできることがきっとある。それを一緒に見つけていこうな?」


「うん! ミリアも、ひとをたすけたいんだぁ。だって、ミリアも、リューちゃんにたすけられたから」


 セバスさんがいなくてこの世の終わりかというくらい悲しかった。でも、子供達の前だからと涙を堪えていたんだ。それなのに、こんな不意打ちがあるだろうか。


 ミリアのこんな思いを聞くことができるなんて。


 嬉しさのあまり、俺は溢れるものを我慢することができなかったのだ。こんな悲しい日に、嬉し涙を流すなんて思いもしなかった。

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