「……ウ……ん?」
「リュウちゃん!」
いつの間にか、過去の思い出が頭の中で再生されていたようだ。
「はっ! ごめんな。ちょっと昔のことを思い出してたみたいだ」
「ないてるよ? だいじょうぶ?」
言われて初めて気が付いた。目から零れ落ちる雫。無意識のうちに溢れてしまっていたようだ。ミリアにはあまり見せたくなかったのに。
「あぁ。大丈夫だ。ありがとうな。ミリア。今手を褒めてくれただろう? 昔な、弟に褒められたことを思い出したんだ」
「おとうとがいたの?」
ちょうどあの時、ミリアくらいだった。
「四人の弟がいてな。でも、もう会わなくなって三十年くらいになるかなぁ」
「おとうとも、リューちゃんのことが、だいすきだったんだね!」
手を握りながらミリアがそう言ってくれた。ほぼ生き別れの様な感じだが、弟たちは元気にしているだろうか。連絡先も知らないから、大人になってからも連絡していなかったしな。
俺は、弟にしっかり兄として何かをしてあげられたのだろうか。
「そうだといいんだけどな……」
「リューちゃん。だいじょうぶだよ?」
なんだか、ミリアが急に成長したようなそんな錯覚に陥ってしまう。この年頃の子というのは、本当に成長が早いように思う。
街のメインストリートがもうすぐそこだ。手を握ったままミリアが笑顔でこちらを見上げて一緒に歩いてくれている。なんだか介護されているみたいだな。
「はははっ。ありがとうな」
「リューちゃんのつつみやき、ミリアがえらんであげるね!」
ルンルンのミリアが手を引きながら包み焼き屋の前へとやってきた。サクヤとアオイもメニューを眺めている。イワンとリツはもう決まっているようだ。
「僕はイエロームンキー!」
リツがそう宣言すると、イワンもそれがいいという。俺もそれが好きだけど、ミリアが果たして何を選ぶのか。
「リューちゃんは、これ!」
ミリアが指したのは、ピンクブレッピーという奇抜な色をしていそうな名前の物だった。どういう物かをわかって注文しているのだろうか。
「わかった。じゃあ、ヤブ先生にも選んでくれるか? サクヤとアオイもメルさんとユキノさんへの包み焼きを選んでもらえるか?」
ミリアは、ヤブ先生にはイエロームンキーを。サクヤ、アオイはメルさんとユキノさんへレッドアイを選んでくれたようだ。あの二人にはこれだと思ったそうだ。
皆も自分の包み焼きを選んで治癒院へと向かう。街の門を出ると森の見える方へと歩みを進める。今日は良い日差しが木々の合間から降り注いでいる。
緑の香りが鼻を抜けていく。香りと視線で自然を感じながら神々しく日の差す治癒院へと入って行く。いつ見てもこの治癒院の雰囲気は好きだ。
子供達には、治癒院の待合室で待ってもらうことにした。
「こんにちは」
「あっ! リュウさん、こんにちは。今日はどうしたんです?」
この日の受付は、メルさんではなくユキノさんだった。だからといって文句があるわけではない。
「すみません。メルさんに会いたいのですが……。あっ、これみんなで食べてください」
「ありがとうございます! メルさんなら、診察室にいますよ。でも、今診察中なので少し待ってくださいね」
今はヤブ先生が診察中の様なので少し待つことになった。患者さんには迷惑を掛けないようにしなければ。そんなことを思っているが、途中で乱入しているのだから不機嫌になっても仕方ないだろう。
診察室から患者さんが出てくると、ユキノさんがカーテンの向こうへと顔を出す。
「リュウさんが来たので、診察待ってもらいますか?」
「あぁ。じゃあ、少し待ってもらおうか」
そんな声がカーテンの向こう側から聞こえて来た。
「ヤブ先生、俺は後でもいいですよ?」
「いやいや。お急ぎだからきたのでしょう? 大丈夫です。今説明してきます」
診察室の患者さんの方へと顔を向けると、頭を下げた。俺も慌てて頭を下げた。
患者さんはいい人達で、ヤブ先生の事情を聴くと納得してくれている。
この治癒院の患者さんは、気持ちが穏やかでみんな優しいのだ。なぜなんだろうと少し考えて、応えに至った。ヤブ先生たちが優しいから、だから、患者さんも優しいのではないだろうか。
この癒しの空間では気持ちが落ち着くのだろう。なんだか、こども食堂という居場所を考えた時に、この治癒院の雰囲気が答えのように思えた。
真っ白な空間の診察室へ入ると、ヤブ先生とその横にメルさんが佇んでいた。頭を下げると笑みを浮かべながら頭を下げてくれた。
「患者さん、みなさん優しいですね。ありがたいです」
ヤブ先生にそう告げると照れるように頭を掻きながら「それほどでもぉ」といい、メルさんから「先生をほめているわけじゃないでしょ?」と突っ込まれていた。
ユキノさんが入ってきて包み焼きを先生とメルさんへ渡す。
「これ、リュウさんたちが持ってきてくれたんです!」
「おぉ。ありがとう。僕はこれにしよう」
イエロームンキーを選ぶ。一つずつ渡そうとしていたのに忘れていた。だけど、結果オーライだ。
「で? こういうのを持ってきて、わざわざ来てくれたってことは、何か頼み事かな?」
「はい……。実は、メルさんにお願いが」
「あら、こんななんの力もないしがない軍人になんのお願いですかぁ?」
大げさに驚きながら自分に対して毒舌を吐く。今は、頼れる人がメルさんしかいないのだ。
「勝手なお願いですみません。あの、お父様にもう一度お願いがありまして……」
「ということは、国への要望ですねぇ。ききましょー」
ニコニコしていた顔が少しひきつった。
「この前遭遇した子供が、満足にご飯を食べることができずに盗みを働いていたんです」
「うんうん。それで?」
しきりに話を頷きながら聞いてくれている。
「事情を聴いてみたんです。そしたら、家に父親がいました。ですが、その父親は一昨年のスタンピードで防衛隊として戦い、片手と片足を失い、仕事ができる状態ではなかったんです」
「……」
無言で腕を組むと何やら考えているみたいだけど、それが当たり前になってはダメだと思う。
「そんな状態の人には、補助も支援も何もないのですか⁉」
少し無言で考えているメルさん。俺の話を受け止めてくれたのだが、メルさんならどう考えるだろうか。
「……たしかに、それは国として支援しなければダメだと考えます。すぐに父へと進言しましょう」
「ありがとうございます」
頭を下げていると、メルさんは頭の横を通って水晶を取りに行った。本当にすぐに連絡してくれるみたいだ。
繋がったとき、相変わらずお父さんのテンションが高かったが、メルさんの言葉でストップした。なにせ「スタンピード支援が、けが人で引退した人にも行き届いていないのはなんなの? あなたも考えているんじゃないの? バカなんじゃない? 脳みそ腐ってんじゃない?」と言われれば、黙らざるを得ないだろう。
すぐに謝ると王へと進言してくれるという。これで、なんとかなりそうだ。レインくんたちもこれで少し生活がしやすくなるといいなぁ。
「そうだ。リュウさん、僕たちも協力するからさ、こども食堂を国の事業にしない?」
ヤブ先生からの驚きの発言でこども食堂『わ』が大きく動き出そうとしていた。