髭の調査員を見送った後、後片付けをし、マキさんとレイナさん親子を見送って夜営業の仕込みに入った。ここからは俺とサクヤとアオイで準備しようということになった。
ララ、イワン、リツ、ミリアのちびっ子組は休みである。それぞれの部屋に行き休んでいる。ララはセバスさんの家へと帰って行った。ちょっとしたお小遣いに中硬貨一枚とトロッタ煮の入った器を持たせてあげた。
昼営業で余っていたおでんに再び火を入れる。夜はこれが出るはずだ。敬遠されるようだったら、試しに食べてもらおう。それが一番手っ取り早い。
「今日は初日だから、サクヤとアオイの二人に注文取るのと会計お願いしてもいいか?」
「もちろんです!」
「当たり前ですわ。そのために残っていたんですのよ?」
二人とも頼もしいなぁ。今までも頼っていたけど、これからも頼ることになりそうだ。もうお客さんとのやり取りは二人の方が慣れているからな。
「頼りにしてるよ。暖簾出してもらえるか?」
「ウチが出してくるね!」
「それなら、私は注文を受ける準備をするわ」
いつもメモ用の紙と筆で書いてくれているからな。筆ってのが、ちょっとあれなんだけど仕方ないんだよな。
「あっ! いらっしゃいませ! お待たせしましたぁ!」
外に出たサクヤが声を掛けている。夜営業も誰かが待ってくれていたみたいだ。
「おやっさん! 復活おめでとうございます! これ、復活までの間、素材を売った分から二割を貯めていた分です!」
大きな麻袋が重そうな音をさせながらカウンターに置かれた。これは?
「アッシュさん。有難う御座います! 昼のこども食堂に奥さんが顔を出してくれましたよ! これ、もしかしてお金ですか?」
「そうですよ。復活をずっと待っていて、渡そうと思って貯めていたんです。運営資金の足しにしてください」
もうしばらくの間会っていなかったが、前にした約束を忘れずに貯め続けていてくれたなんて嬉しいことこの上ない。
後ろからはシンさんも顔を見せた。そして、アッシュさんの置いた麻袋の隣にまた大きな麻袋をドサッと置く。そして、口角を吊り上げてアッシュさんを見つめた。
「オレの方が多いですねぇ」
「ほぉ? 俺はBランクだが? それ、小硬貨ばっかりなんじゃねぇの?」
「オレもBランクに上がりました。それでこの量ですよ? オレのが多いです」
睨み合う二人。どうしたもんかと思って困っていると。
「わぁぁ! こんなにいっぱい! 有難う御座います! みんなで美味しいご飯を提供できるように頑張りますね!」
胸の前で両手を合わせてそう告げたサクヤに二人の視線は注がれ、「いやいや。少ないけど使って?」とアッシュさんが告げ、「いっぱいあるからパーッと使ってね?」とシンさん。まぁ、一時休戦したようだ。
それから、続々と冒険者風の人たちが暖簾を潜ってくる。みんな笑顔で挨拶してくれる。「待ってたよ!」とか「楽しみにしてたよ!」とか声を掛けてくれる人が多い。
本当にありがたいな。
「リュウさん、エール三つです!」
「こっちは、五つですわ!」
大量に注文が通される。「あいよ!」と返事をするとジョッキにエールを注いでいく。この店自慢の冷えたビールだ。お盆にのせて八つのエールをカウンターにのせる。
「エール持ってって―!」
「「はーい」」
サクヤとアオイは目線だけで会話をしてサクヤが取りに来ることとしたようだ。両手で三つ持って最初のテーブルへと持っていく、戻ってくると両手で五つ持っていった。
もう俺より配るのうまいんじゃないだろうか。すごい成長を感じる。あの二人は凄いな。
「トロッタ煮を二つー!」
「漬け丼二つー!」
この世界は、夜の時間でもご飯ものが普通にでる。冒険者だからだろうか、ご飯を食べながら酒を飲む人も割合が物凄く多いのだ。
しかも、よく食べる。
「いらっしゃいませー!」
またお客さんがやってきた。席は満席に近くなってきた。あとは、カウンターしか空いていないような感じになっている。
「お姉ちゃん綺麗だねぇ! こっちおいでよ!」
おっと? 夜営業初日からさっそく絡まれたか?
俺が出て行った方がいいかな?
そんなことを思い、厨房から足を一歩踏み出した時だった。
「おまえ! やめとけって! 出禁になるぞ!」
「はぁ? そんなこと――」
「聞いたことあるだろ? 『わ』が開店して最初のあたりに注意喚起があっただろう? 『わ』ではピンクと青い髪の子に手を出すべからず。それ即ち出禁ナリってな」
アオイを誘っていたであろうガタイのいい冒険者は顔を青くすると「すまん! なんでもないです!」といい縮こまってトロッタ煮を口に運んだ。幸せそうに食べている。
開店した当初に一組の冒険者を出禁にして見せしめにしたことがあったっけなぁ。あいつらがどうしているかはわからない。けど、反省しているならもう来てもいいかなぁなどと考えていた。
「なんか、噂がいい感じに広まっているみたいですわね?」
「くくくっ。あぁ。そうだな。あの時にいた冒険者たちへ感謝だな。こんなに影響があるなんてな」
あれを事件としてこの店にくる冒険者へ注意喚起してくれたんだな。効果は絶大だったわけだ。それも、この店に来たいと思わせてくれているサクヤとアオイのおかげなわけだけど。料理は少し手助けしているくらいかな。
「アオイ、さっきのやめておけって言ってくれた人におでんをサービスするから持って行ってくれるか?」
「ふふふっ。わかりましたわ。更に効果がありそうですわね」
「だろう?」
おでんを煮詰めていた鍋の中から卵、ダイコン、トロッタ肉、ニンジンを器へといれて、からしを別の小さな器にのせて出した。
「これ、持ってってちょうだい」
「はいっ」
アオイが青いポニーテールの髪を靡かせながらおでんを運んでいく。そして、なにやら耳打ちしておでんを冒険者へと渡した。なんだか、顔を赤くしているみたいだけど、大丈夫か?
「何か言ったのか?」
戻って来たアオイに聞いてみると含み笑いをして、「お礼を言っただけですわ」と言っていたが。あの冒険者のことを気に入ったのだろうか。
年頃の女性だからな。そういうこともあるだろう。
「いらっしゃいませー!」
入口へ視線を向けると見知った顔があった。なんと、ヤブ先生が来てくれたみたいだ。
調査員の件、ちゃんとお礼を言わないとな。
カウンターへと座るように促した。
夜は長い。