土下座事件から数日経った。
あの時のことは、大分噂で広まっていて。『わ』の主人は怒ると鬼になるという噂が広まり、常連さんは笑い、まだ来たことのない人は戦々恐々としていたそうだ。
イメージダウンになったのではないかと心配していたのだが、その噂の後に怒ったのは引き取った娘の元親だったことが広まり、同情される事態になった。
それ以外は順調で、開店初日に比べると客足は落ち着いてはいるが、昼も夜も満席であることに変わりはなかった。
昼営業が終わり、いつも通りこども食堂を開きお昼ご飯を食べている時だった。入口の戸が開き、顔を見せたのは長いウェーブの髪に髭面の男性。
「いらっしゃいませ! また来てくれたんですね」
「こないだはどうもっす。ちょっと今日、もう一人連れてきてまして……」
後から入って来たのはローブを深くかぶった大きな人だった。髭面の男性より一回り大きいように感じる。フードを上げるとスキンヘッドに立派な髭を蓄えている人。
「ふぅ。ローブは暑くて敵わんな」
「我慢してくださいよ。バレたらヤバいんっすからね?」
なんだか、この人は偉い人なんだろうか?
「あの、調査員の方、この人は?」
「この人は、国王。ネリー・サンライズ・ハリルド様です」
調査員の人は横へと移動して跪いた。同じようにした方がいいのか?
そんなことを思っていたら、サクヤとアオイはもう跪いて頭を垂れていた。慌てて同じような格好をする。
「よい。頭を上げるんじゃ。これは正式な訪問ではないからのぉ。我がお忍びで来ただけじゃ」
国王がお忍びで来るというのはちょっとヤバいんじゃないだろうか。今日は誰も来てないからいいものの誰か来たら騒ぎになりかねない。
「あっ。あの、お座りください」
突然、国王は頭を下げた。
「我が至らないばっかりに、こういった誰でも来ていいという食堂を作ってくれて感謝する。我にも勉強させて欲しいのじゃ」
「国王様があまり頭を下げるものではないですよ。どうぞ、お座りください」
席へと促すと、国王は頷いて席へと着いた。店の中全体を見渡してメニューへと視線を移してとても優しそうな目を向けている。
「あれがメニューかのぉ?」
「そうです。みんなで作りました」
ウンウンと頷きながらメニューを眺めている。
「字に味があっていいのぉ。子供達の字が温かみを出しておる。この店に合っているわい。良い店じゃのぉ」
「もったいないお言葉でございます。何か作りましょうか?」
俺が気を使って聞くと、国王は笑いながらこちらを見つめた。
「もったいないから、余った食材で何か作っておるんじゃろう? ちゃんと報告を受けておるぞ。今日は何が余っておるんじゃ?」
「今日は……フットラビットの肉があるので、塩かタレで焼いたものを米の上へのせて食べておりました」
腕を組んで深く頷くと、目を瞑り何かを考えているようだった。徐に目を見開くと、子供達へと視線を移した。
「君は、何を食べておるんじゃ?」
「僕は、タレで食べてます。おいしいですよ?」
少し大きかったからだろう、イワンへと質問し、しっかりとした返答を返した。国王と言うことを気にも留めないようにちゃんと受け答えしている。
さすがイワンだ。
「ボクもタレだよー!」
リツが割り込んできた。元気なのはいいが、わかっているのか? 国王だぞ?
俺が半笑いになっているのを知ってか知らずか、国王は「ハッハッハッ! そうかそうか。元気でいいのぉ」と大笑いしている。
「君にとって、ここはどういう場所なんじゃ?」
「ん? ここはいえだよー!」
本当に住んでいるからそう答えただけだと思うけど、国王は笑みを深くして頷いている。なんか意味深に受け取ったのかもしれない。
「お嬢さんは、ここにいると安心するかい?」
「うん! リューちゃんがいるとあんしんするー」
嬉しいことを言ってくれるじゃないか。俺は思わず笑みを漏らしてしまう。それを見られてしまったようで優しそうな笑みで視線を向けられている。
腕を組んでまた少し考えたようにして、口を開いた。
「我は、塩にしよう」
考えていたのは肉の話だったか。厨房へと引っ込んで作り始める。
「僕、タレがいいんすけど」
調査員の人もタレと。タレが大人気なのだ。やっぱり、塩は大人の味と言った感じだなぁ。サクヤはタレ、アオイは塩だし。
けっしてサクヤが子供だと言っているわけではないけど。
作っていると、国王がまた話を聞き始めた。
「みんなこの場所に来るまで辛い思いをしてきたのだろう? 今はどうだい? 幸せだと思うかい?」
皆に聞いているみたいだが、幸せかどうかという質問は難しいように思う。ちびっ子組は、何が幸せなのかと言うことが理解できていないから。
「ウチは、今が凄く楽しくて、充実していて幸せです。それも、リュウさんが拾ってくれたおかげです」
最初にサクヤがどういうことのが幸せなのかと言うことを答えてあげている。見本のような答えにさすがだと思う。そして、ちょっと照れ臭い。
「私たちは、救いを求めることもできずに、食べる物がないままリツとイワンを育てていました。働いても食べ物を満足に買えなかったんですわ」
「なぜだい? 働いていたのに?」
国王が怪訝な顔できいてきた。理解できないと言った様子。
「一日、給金が小硬貨一枚だったんですの」
「なに⁉ おいっ。そんなことが許されるのか?」
調査員の人へと厳しい視線を注いで聞いている。そんな話は聞いてないぞという視線だろうか。調査員の人も慌てている。
「いや、そんなに安い給金は聞いたことがないですね」
「ウチもでしたよ? 仕事を移ってもそんなところばかりでした。体も触られても文句を言えませんでしたし。辞めたらお金がないですからね……」
国王の眉間の皺は深くなっていくばかり。
「なんだとぉ。若いからって安すぎる。最低給金を決める必要があるかもしれんな。これは早急の案件だ。そして、身体を触られても文句が言えないだと? なんていう職場環境だ。そんなことがまかり通るような国ではダメだな」
ブツブツと呟いてこれからの課題を脳内でまとめているようだった。この場所が、この国を良くするための役に立つのならいいことだ。
フットラビットの肉に味を付けた物を米を入れた器へとのせていき、おしんこをつける。それをお盆にのせて国王のもとへと運んでいく。
「どうぞ。お口に合うかわかりませんが……」
「うむ。すまんな。では……」
待ちきれないとばかりにすぐに一口頬張る。肉と米を大きな口を開けて放り込んでいく。良い食べっぷりである。
「おぉぉっ! これは美味い! こんな美味い物をみんな食べておるのか? 羨ましすぎるのぉ。我もたまにお忍びで来ようかのぉ。ここは夜もやっておるのか?」
「はい。夜はだいたいが冒険者の方で賑わっていますけど」
そう告げると口を尖らせていじけているような顔をする。随分と人間らしい国王だなぁとちょっと微笑ましかった。
「むぅ。うらやましいのぉ。エールは出すのかの?」
「うちが出すのは冷えたエールですよ」
ゴクリと喉が鳴った。これは、本当に夜に来るかもしれないな。来たら大変なことになるだろうなぁ。
「店の雰囲気もいい。人もいい。料理も美味い。文句のつけようがないのぉ。しかし、このこども食堂を他にも運営しようとすると、リュウのような優しくて包み込むような人材が必要じゃのぉ」
褒められることにむず痒さを感じながらも、その課題については難しい問題だけど、同志を募るのが一番早いと思う。
「大々的にこども食堂をやりたい人を募集すればいいのではないでしょうか? そして、このくらい補助を出すと告げるのです」
「補助目当ての者ばかりきそうだのぉ」
それには、人が対応するしかないと思う。
「面倒ですが、面接をしてはどうでしょうか? 人を見る目が確かな人に当てがあります」
「誰じゃ?」
「セバスさんの所の執事をしていたカミュさんです」
国王は目を瞑り頷いた。
「惜しい男を亡くしたものなぁ。セバスの所の者なら間違いないだろう。検討しよう。よしっ。戻って早急に協議するぞ!」
国王はテーブルへと大硬貨二枚を置いて立ち上がっるとローブをかぶった。調査員の人は急いでご飯をかき込むと、慌てて立ち上がる。
「あっ。お代はいりま――」
「――じゃあ。またの!」
気軽にまたと言い去って行った。
取り残された俺たちは呆然と、台風のように去って行った国王の後ろ姿を見送った。
いい方向に話が進むといいなぁ。