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第103話 許さないということ

 前日の夜に酒を飲んだと思うのだが、恐らく飲み過ぎたのであろう。記憶がなかったのだ。


 朝起きると自分が酒臭かった。顔を洗ってシャワーを浴びる。昨日はサクヤとアオイと飲み始めた気がするんだが、それ以降が全然思い出せない。


 シャワーから上がって濡れた髪を大きい布で拭いていると、上からサクヤとアオイが下りて来た。仕込みの手伝いに来てくれたのだろう。


「リュウさん、昨日はすみませんでした……」


「私もなんか変なことを言ってしまいましたわ……」


 二人とも恥ずかしそうに俯きながら呟いた。飲み始めてから何か言っていたのだろうか?


「あぁぁ。すまん二人とも。昨日の夜のことな、飲み過ぎたせいか全然覚えていないんだ」


 二人は目を見開いて固まる。


 これは呆れられているのだろうと思う。仕方ないことだよなぁ。まさか自宅で飲んで記憶をなくすなんてな。そんなの俺も初めてだった。


「ぷっ! あっははははっ! あー心配して損しました!」


「はぁぁ。いいんだか悪いんだかわかりませんわ」


 サクヤは大笑いしてホッとしたような感じ。アオイは頭に手を当てて完全に呆れている様子だった。こっちとしては謝って乾いた笑いをするしかない。


「今日も仕込み、手伝ってもらっていいか? ミリアは昨日疲れたみたいで、まだ寝ているんだ」


「リツとイワンもです」


 上のちびっ子組も疲れたようだ。あれだけ動けばそうだろう。恐らくララも疲れていると思う。昨日のうちに今日はゆっくり休むように伝えていたから大丈夫だ。


 厨房へと入り、肉を煮込むタレを作って行く。そうこうしている間にマルコさんがやってきた。


「おはようさん。リュウさん、昨日は大繁盛やったみたいやね? 今日も同じくらい持ってきたで」


「はい。おかげさまで。有難う御座います。昨日は特別お客さんが多かったと思うので、ここから少しずつ減らしていこうと思います」


 その言葉にニコリと笑うと頷くマルコさん。だが、次の瞬間には眉間に皺を寄せて顔を近づけて来た。


「あんな、店の前に男女二人が土下座してたで? なんかあったん?」


 またか?

 一体誰がそんなことを。


「ちょっと表から出て確認してみます。食材は、そこの隅に置いてもらっていいですか?」


 厨房の端を指してそう指示する。「ええけど、大丈夫か?」と口にしながら運び入れてくれる。マルコさんの言葉を聞いてサクヤとアオイも慌てて正面の入り口を開ける。


 確かに男女の二人が土下座していた。


 見覚えのある感じ。コイツ等、何しに来た?


「あんたら、何しに来た? 来るなって言ったよな?」


 顔を上げた男性は、ミリアの元父親。もう一人は元母親だ。


「みんながこの店の料理が美味しいっていうんだ。どうか、入れて欲しい」


 第一声がこの言葉だったことに俺は心底疲れてしまった。ミリアのことじゃなくて、料理を食いたいと。そのために頭を下げに来たということか。


「あの子のことは好きにしていいわ。でも、店に入るかどうかは別だと思うのよ!」


 半笑いしながら訴えかける元母親。コイツ、何言ってんだ?


「昨日、出禁になっていた冒険者も許したんだろう? オレらも入れてくれよ!」


 何か勘違いしてないか?

 あの冒険者と、この二人の立場というのは雲泥の違いがあるということを。そもそも俺が来てほしくないというのだ。許すわけがないだろう。


「そんなに食べたいのか?」


 俺が言葉を発すると、二人は喜んだように飛びついた。


「食べたい! 入れてくれるか?」


「お願いよ! トロッタ煮っていうの食べてみたいのよ!」


 ため息をつきながら少し黙る。別に悩んでいるわけではない。心の中で沸々と沸き上がる怒りを抑えるのに必死なだけだ。


「あんたらは、ミリアがご飯を食べたいと言った時に、なんて言ったんだ?」


「それは、冷蔵具にあるものを食べろって……」


 目を泳がせながら元父親が答える。


「あの子は、そもそも食べたいってあまり言わなかったわ!」


 あぁ。ダメだ。腹が立ちすぎて、何も考えられなくなってくる。


「それは、あんたたちが怒ったり殴ったりするからだろう? それに、冷蔵具に入っている物を食べろって言っても、食べ物入れてなかったんだろう? ミリアから聞いてるぞ?」


「だから、この店に入ることと、あの子のことは別じゃない! 関係ないでしょ?」


 自分の都合のいいようなことばかり言うこいつらに、俺は嫌気がさしてきた。話をしても平行線。話が通じない人というのはこういう人のことをいうのだろう。


「リューちゃん、どうしたの?」


 後ろからやってきたのは、ミリアだった。起こさないように静かな声で対応していたのだが、コイツ等の声がでかいから起きてしまったようだ。


「ミリアは中に入ってな?」


 見せないように中へと体をひねらせて引っ込ませようとした。


「あんたからも何かいいなさいよ! この店に私たちを入れさせてって言ってよ!」


 ミリアを見るなり、また脅迫めいた言葉を叩きつける元母親。ミリアは目を見開いてそいつを見つめた。なんでここにいるのかということと、急に指示されたから驚いたようだ。


「リューちゃん……」


「大丈夫だ。中へ入って入口閉めてくれ」


 ミリアは中へと行くと入口の戸を閉めた。閉まったことを確認すると振り返った。この時の俺の顔がどれほどの怒りに満ちていたかわからない。


「ミリアは、お前たちのものでもなんでもない! 俺の家族だ! これ以上関わるな! 関わって来るなら領主に報告して厳罰にしてもらうと言っただろう⁉」


「あの子と、この店に入ってご飯を食べることは別じゃない!」


 まだそんなわけのわからないことを言うのか。


「お前たちは何か勘違いしているようだがな! 俺の作った料理をお前たちに食べさせる気は毛頭ない! わかったら、さっさと帰って二度と顔を見せるな! 立ち去れぇぇぇ!」


 こんなに大声を出したのは生きていて初めてだったと思う。自分でも信じられないくらいの低い声と大きな声。二人はその声にビクリと体を震わせると、そそくさと帰っていった。


「ふぅぅぅ。ふぅぅぅぅぅ」


 心を落ち着けるように深呼吸をする。自分に戦う術がなくてよかったと心から思ったのだった。この怒りで手を出して殺してしまいかねないと思ったからだ。


 最初の第一声がミリアに関する謝罪で、ミリアに関することできたのだったら話を聞いてやろうと思ったが。第一声は食い物のこと。しまいにはミリアに俺へと進言するように脅した。


 もう奴らに関わることはない。もし、なにか接触してきたら無視してすぐに領主の兵にきて連行してもらおう。


「リュウさん、大丈夫ですか?」


「はぁぁぁ。なんとかな。ちょっと血が多く巡っているみたいでな」


「あれが、ミリアちゃんの?」


 サクヤも怪訝な顔をして奴らが去って行った方に視線を向ける。


「あぁ。もうなにも関係ない人だけどな。ふぅぅぅ。よし。中へ入ろう」


 野次馬も散って行った。なにか噂になるかもしれないなと思ったが、しかたない。あそこで俺はもう堪えることができなかったから。


 入口を開けると、ミリアが立って呆然としていた。


「リューちゃん、だいじょうぶ? おこってたの?」


「あぁ。大丈夫だ。もうあいつ等は来ないだろう。安心してくれ」


「ミリアはだいじょうぶだよ? リューちゃんも、みんなもいるから」


 その言葉を聞き、自分の行動が恥ずかしくなった。怒りに身を任せて怒鳴り散らしてしまった。ミリアはこんなに悟っているのに。


「そうだな。よしっ。仕込みするか!」


 それからは、朝の出来事がなかったかのように仕込みを行い、店を開いた。

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