あれから二日連続で学校を休んだ小谷は今日も休みらしい。
連絡しても帰って来ず、もしかしたら本当に逃げようと思っているのだろうか。今日学校終わったら小谷の家に寄ってみようかなと思っていたところで、相田さんがいつものように遅刻をして教室にやってきた。
相田さんの第一声は「おはよう」でも、「また遅刻した~」という、遅刻報告でもなく、「あれ、小谷は?」と、小谷を心配する言葉だった。
「今日も休みっぽいけど……」
「いや、あたし今日登校中に小谷と会ったんだよ。問い詰めてやろうと思って話しかけたんだけど、なんか……これ、渡された」
そう言って制服のポケットから何かを取り出した相田さん。
見せてきたのは小谷が持っていた「1109」のタグだった。
「……な、なんで…」
「いや、分かんないけど…飯倉に聞けば分かるからって」
――くそ…小谷、アイツ……よりによってなんで相田さんに……小谷は最初から誰かに擦り付ける気だったんだ。
「飯倉、コレなに?」
「……これは、小谷が国に結婚相手を申請するときに提出しなきゃいけないタグ…」
相田さんは手に持っているナンバーを見て「はあ?」と首を傾げた。
「え~、じゃあ、アイツの代わりにあたしがこれを役所に届けなきゃいけないのかぁ~? うわ、面倒だな~」
ただ届ければいいと思っている相田さん。彼女の手からタグを奪い、裏の指紋をつけなければいけない金具のところを、目を凝らして見てみる。
指紋がつかないように透明のシールは未だ貼られてある。指紋は……まだない。
「相田さん違うんだ。このプレートに指紋をつけて役所に提出した人間が国に結婚相手を決められてしまうらしいんだ」
「小谷の指紋はついてんの?」
相田さんは僕からプレートを奪うと、僕と同じように目を凝らしてマジマジと見ている。
「透明シールを剥がしてみたけどないんだ……」
「ああ、ほんとう、つるっつるだな……あ、やば」
……ん?「あ、やば」? やばってなんだ?
「相田さんどうしたの?」
顔を覗き込むと半笑いの相田さん。
「指紋、付けちゃった…」
指紋……付けちゃったって、は!?
相田さんが何を言っているのか分からない。どうしたら良いのか分からない僕は、もう一度プレートを奪った。
……そんな。これを国に提示してしまえば相田さんは国が決めた相手と結婚することになってしまう。
そんなのダメだ。分かっているけれど、どうすればいいか頭が回らない。
相田さんに何かあったら矢野は黙ってない。矢野に視線を向けると、今まで話さなかったような3軍の男子と話をしていた。
「相田さん…矢野も入れて三人でどうしたらいいか話し合おう」
「矢野? なんで?」
「『なんで』って、矢野は相田さんのこと……んんっ、なんでもない」
危うく矢野の気持ちを相田さん本人にバラしてしまうところだった。
――いや、もしかしたらもう半分バレているかもしれない。恐る恐る相田さんの表情を窺うと、「まあ、矢野はダチだしね~」と、気にする様子もなくあっけらかんとしていた。
……良かった。幸い矢野の気持ちは相田さん本人にはバレていないようだ。
「卒業の日までお互い話し合って決めます」と先生に宣告したにも関わらず、あれからまともに話し合いができていない僕達。
まだ数日しか経っていないとはいえ、のんびりしていられないはずなのに……一番起こってはいけないことが起こってしまった。
「じゃああたし、矢野に話があるって言ってくるから。飯倉も昼休み空けといて。屋上に集合ね」
「え、ああ、うん……」
言われた通り昼休みになると弁当を持って、誰よりも早足で屋上へと足を運んだ。
屋上は綺麗に清掃されているわけではなく、木々の落ち葉が目に入る。
比較的綺麗な場所を陣取り、僕らが座るスペースくらいは手で払い除け整える。
ドアの向こう側から矢野の楽しそうな声が聞こえてきた。
ドアを開けた矢野と目が合う。
僕を見た矢野は眉間に皺を寄せた。
「なんでてめぇがここにいるんだ」と言うような感情がひしひしと伝わってきた。
ああ、相田さん、多分誤解させる誘い方しちゃってる……