「……飯倉も一緒?」
矢野は僕ではなく相田さんに質問を投げかける。またしても、矢野の感情に鈍感な相田さんは「ウン」と頷いた。
「だってあたしじゃ説明できねえし」
意味深なことを言う相田さんに、矢野の目が鋭くなる。
「ああ? 説明できないって……もしかしててめえら……」
相田さんが変なこと言うから、矢野、勘違いしちゃってるじゃん!
「……いや、違くて。とりあえずご飯食べよ……」
急ぎ、綺麗にしたスペースをポンポンと叩くと、矢野は「しょうがねぇな」とぶつくさ言いながらも座ってくれた。相田さんも矢野の横に座る。
二人の今日の昼食は、矢野が袋から出してきたのは、惣菜パン数個とおにぎりが1個とペットボトルのお茶。相田さんはまたしても菓子パン1個と紙の飲み物だけだった。
僕は母さんに作ってもらった弁当を広げる。大きめの二段箱弁当で、相田さんはそんな僕の弁当を羨ましそうに見ていた。
「……飯倉の弁当、美味そうだな」
そして弁当のおかずを食べたそうにジッと見つめている。
「いる? おかず。まだ箸付けてないから先に良いよ」
僕の箸を差し出し、先に食べてと促すと相田さんはワクワクしながらお弁当のおかずを口に運んでいる。
「美味ッ! これ作ったの母ちゃん?」
「うん。僕はいつでも食べれるし、相田さんのパンと交換でもいいよ?」
「じゃあ交換で! 弁当箱は洗って返すから」
僕と相田さんのやり取りを見た矢野。
「……おい、飯倉。てめぇ、どういうつもりだ?」
当然黙っているはずがない。
――完全に僕らの仲を疑っている矢野に、小谷のことと、例のタグに相田さんの指紋が付いてしまったことを説明する。
通り話し終えると、矢野は「小谷、アイツ……ふざけんなよ。猿渡も猿渡で大事なことを隠しやがって…くそ……」
地面を拳で強く殴った。
矢野は、
「おい、相田。のんきに飯食ってる場合じゃねぇだろ。おまえどうすんだよ」
相田さんに質問をする。
相田さんは食べかけの弁当を置き、飲み物で喉を潤していた。相田さんのマイペースな行動が矢野の怒りをヒートアップさせていく。
「飲みもん飲んでる場合じゃないだろ」
「んー、まあ、そうなっちゃったもんはしょうがないだろ。それより飯倉の弁当超美味かった」
僕の弁当を褒める相田さんに、惣菜パンを一つ投げる矢野。パンが相田さんの胸元に当たった。
「腹減ってんならそれやるから、さっさと食え」
当たり前だが、矢野の相田さんに対するイライラが抑えきれていない。
相田さんが矢野のパンを食べ終えた頃、
「……削るか」
僕らに策を提案した。
「……削るって?」
「指紋ついてる所を削って相田の指紋を失くす」
さすが矢野だ。僕では考えられないことを思いつく。
「さっすが! 頭いいな、おまえー」
相田さんは矢野の案に関心しながら、制服のポケットから化粧ポーチを取り出した。そのポーチを丸ごと矢野に手渡す。
「……中見ていいのかよ」
さすがの矢野も女子のポーチの中を見るのは気が引けるのだろう。
「なんか使えそうなのあったら使ってくれていいから」
相田さんの言葉に頷き、矢野は化粧ポーチを開け、化粧道具一つ一つを並べていく。
とはいっても、制服のポケットに入るくらいの大きさのポーチなので特別大きいものは入っていない。
傷を付けれそうなものでいうと小さめのハサミと眉毛剃り用のカッターが入っていた。
そして最後。出してはいけないものを出してしまう矢野。僕もそれが何なのかは一目見て理解した。
コンドーム。
僕と矢野は目を合わせ相田さんを見る。
「相田さん、僕に処女って言わなかった?」
『処女ということは内緒にしてて』と言われていたことを、本人を前にして破る僕。……に、相田さんは慌てる。
「飯倉てめぇ、内緒にしててって言ったろ!」
もう結構前に矢野に言っちゃったし。
「相田さん、今そんなこと言ってる場合じゃないよ。コンドームのことはもういっそのことどうでもいいとして……」
話しを流そうとすると、コンドームを手に持った矢野が相田さんの元に近寄り、相田さんに詰め寄る。
「どうでもよくねぇ、俺は飯倉から相田は経験ないって聞いてたんだぞ!」
相田さんのポーチから出てきたことがよほどショックだったのか、流そうとさせてくれない。
「いや、誰ともヤッたことないよ! それは光枝たちにもらったやつ!」
「ああ!? 光枝!?」
光枝くんと喧嘩中の矢野は、相田さんの口から出た「光枝」呼びに苛立った。
「おまえ、光枝とヤッたの?」
「だから、ヤッたことないって言ってんでしょ! どうすれば良いか分からなくて、とりあえずポーチに閉まってただけだって!」
「嘘ついてたらどうなるか分かってんだろうな?」
……なんなんだろう。今、見たくもないカップルの痴話喧嘩を見させられている気分だ。
相田さんのことは、ヤリマンビッチ性病持ちというデタラメな噂を流しといて、男ができたら許さないと、独占欲むき出しの矢野。
もういっそのこと、さっさと告白してくっついてほしいまである。
「つーか、矢野には関係ないっしょ!」
「でも光枝に貰ったっつーことはそういう話しをしてたんだろ?」
言い争いをしている二人を横目に見ながら、相田さんの眉毛剃り用のカミソリを手に持つ。タグの指紋箇所に傷を付けてみた。
持ち上げて傷が付いているかどうか確認するが、傷は付いていない。
もっと深く付けなきゃダメなのか?
力を込めて歯を入れてみるけれど、何ら変化はない。つーか、刃先が欠けちゃったし。
「光枝の、その時抱いた女の話になっただけ!」
「アイツ、女は抱ければ良い派だから、そういう話題避けろって前から言ってるよな?」
……うるさいなあ。
さすがの僕も限界だ。ヤッたの、ヤッてないだの、そんなことを言い争っている場合ではない。
「もう、うるさいよ! 静かにしろよ!」
こっちはどうしたら良いのか必死に考えているのに、いい加減にしてほしくて、自分の3軍男子という立場をわきまえずに怒鳴るように注意する。
相田さんと矢野は我に返ったようで、僕に「ごめん」と謝罪した。
また言い争いが始まっても面倒なので、矢野の手からコンドームを取り上げる。
「面倒だからこれは僕が没収。……で、ちょっと二人ともこれ見て」
僕の近くに二人を座らせ、先ほどと同じような手順で力いっぱい突き刺し引っ掻いた。それを二人に見せる。
「……傷、付いてないんだよ。どう頑張っても傷付けることができないんだ」
「じゃあ壊せばいいだろ」
矢野は僕からタグを奪い、投げたり踏みつけたり、物で打ち付けたりするが壊れる気配がない。
一見プラスチックでできているように見えるのに、何しても傷をつけることができない。
「……後は燃やすか、捨てるかしかないよな」
僕もそう思う。
矢野の言葉に大きく頷く。
処分することで全て解決するのかもしれない。