先生は僕達に視線を向けると、「こっちに来い」と目で合図をした。
僕と相田さんは静かに矢野の元へ近づく。デスクの上を見て見ると、机の上には「1109」のタグが置かれていた。
……やっぱり。GPSとかが埋め込まれていたとしか考えられない。
「お前たち、これを小谷から受け取ったな? 特に相田」
先生の視線が相田さんへと向けられる。
小谷がしゃべってしまったのだろうか。それとも、このプレートに埋め込まれているであろうGPSで、誰に渡ったのかがバレてしまっていたのだろうか。
「はい」
相田さんは即答で自分が受け取ったと認めてしまった。
先生は間を開けずに質問を重ねる。
「それじゃあ、この指紋も相田だな?」
「は――」
「はい」と言いそうになったところで僕が言葉を被せる。
「それ、僕です!」
せっかく言葉を被せて否定したのに、相田さんから「余計なことを言うな」と口を出されてしまった。
「余計なことを言うな」はこっちのセリフだ。
ちらっと矢野の表情を窺う。矢野は僕の顔を見ようとしない。どうしたら良いのかわからないのか、一点だけを集中的に見ていた。
先生が相田さんに直接確認していることを考えると、矢野は何も話をしていないのだろう。
……いや、話せなかったと言ったほうが正しいのかもしれない。
「相田、申し訳ないがお前は国に結婚相手を決められる立場になってしまった」
それは決定事項とでも言うように、先生は強く頷いた。
さっきまで絶望的な表情をしていた矢野がイスから立ち上がり先生に向かって声を張り上げる。
「元は小谷のなんだろ! なんとかしろよ!」
ダメだ、矢野。先生に言っても無駄だ。だって先生はお金と引き換えに自分の保身に走っているんだから。
矢野、もしくは相田さんの危機が危うい時に使おうと思っていた、思い描いていた策を語る。
「……先生ダメです。相田さんは矢野とデキてるんで相田さんはダメです」
相田さんも矢野も驚きながら僕を見る。
――そんな表情で見ないでくれ、先生に嘘だってバレてしまう。
「ダメって言ってもなあ…」
「僕が変わりになります。なんとかなりませんか、先生……」
無茶苦茶なことを言う僕に先生は呆れる。
「無理だな。指紋が付いている以上はなんとかできない」
指紋が付いている以上はって……どんな方法を使っても傷一つ付けることはできないし、指紋も消えてくれないじゃないか。
相田さんが僕の肩に手を置いた。
「もういいよ、飯倉。アンタがどうにかなるんならあたしがどうにかなった方が良い」
申し訳なさそうに微笑む相田さん。僕に困った笑みを向けると先生に話を続けた。僕と矢野はそんな相田さんを、ただ見ているだけしかできない。
「悪いが、相田に説明があるからお前たちは先に教室に戻ってろ。菊地先生~、こいつらを教室に届けてください」
先生はグルの菊地先生を呼んで、菊地先生に僕らを任せた。背中を押されるように職員室から出される僕と矢野。重苦しい空気の中、一歩一歩、廊下を歩く。
菊地先生も僕も矢野も、一言も言葉を交わさない。
――いや、僕と矢野にいたっては、菊地先生がいるから話せないといった方がいいかもしれない。
相田さんは今猿渡先生と何を話しているのだろう。相田さんに説明するって言っていたけど、何を説明するのだろう。
――そもそも先生たちは国の制度をどこまで知っているのだろう。菊地先生とは普段話すことはできないし、話すチャンスは今しかないような気がした。
……矢野もいるけど、今の僕は気にしてる場合ではなく、菊地先生に質問をする、
「あの……相田さんが小谷の代わりになるんなら、女子が一人足りなくて、男子が二人人多くなると思うんですけど……このままだと僕たちのクラス、恋人になれない人が一人出ちゃいます」
菊地先生は「ああ?」と、言葉を返して僕を見る。
……さすが生徒指導の先生だけあって、睨まれるととてつもなく怖い。
「……いや、せっかく僕らのクラス、皆恋人ができて上手く行きそうだったのにな〜って…ほら、先生のクラスの橋本くんも、僕たちのグループに属してますし……」
橋本くんの名前を出すと先生の表情がピリついた。
自分のクラスの生徒は、国の思い通りにさせないということなんだろうか。「俺も知らん」と、突っぱねられると思っていたけど、菊地先生は意外にも知っていることを話してくれるようだ。
「クラスから二人余るからといって、必ずしも強制結婚というわけではない。他のクラスからも国に結婚相手を決めてもらわなきゃいかんヤツはいる」
「じゃあその人達には、さっきのタグが配られるんですね」
「……ああ、そこでおまえ達には頼みがある。色々知ってしまったこともあるとは思うが、知っていること全て内緒にしておいてくれ」
僕たちの目を真っすぐ見てお願いする先生。
僕の斜め前にいる矢野の顔は強張ったままで、今も相田さんのことが頭にあるように思う。
「色々知ってしまったことってなんですか…指紋のことですか?」
怒りが籠った声で聞き返す矢野。
先生は「まあ、手っ取り早く言えばそうだ…」と、矢野に気を遣っているようにも見えた。
もう隠すこともないだろう。
どうにもならないかもしれないけど、最後の可能性を賭けて今の僕らの現状を伝える。
「先生…矢野は相田さんのことが好きだったんです……」
僕は矢野の気持ちを無視して、先生に矢野が相田さんを想っていたことを話す。当然、「勝手に喋んな」とばかりに僕を見る矢野。
先生は矢野に視線を向けたまま、「そうか」と言葉を漏らした。
「『そうか』じゃねぇだろ、相田は何もしてねぇだろ…なんとかしてくれよ。そもそも生徒を守るのが教師の役割だろ……」
矢野は精一杯の言葉を吐き出す。
「相田が嫌がれば先生もなんとかしたいが、当の本人はそれほど嫌がっていなかっただろう? むしろ、すんなり受け入れていたように思うが」
それは相田さんが僕の代わりになってくれたからだ。
見ず知らずの誰か分からない人と結婚だなんてイヤに決まっている。