「逆にそっちの番号が相田の隣って教えてくれてありがとな!」
感謝をされつつ、小谷からお茶をいただき家へと帰宅した。母さんが夕飯を作ってくれている。
いつも当たり前のこの日常。
感謝の気持ちなんて今まで言ったことはなかったけれど、
「母さん、いつもありがとう」
伝えたくなった。
母さんは僕に興味ないかもしれないけれど、それでも毎日僕のために洗濯も料理も色々してくれる。
「なに? 急に」
晩御飯のシチューとスライスパンが入った洒落たバケットを机の上に並べ、照れくさそうに聞いてきた。
「……僕さ、国に結婚を決めてもらう制度を受けることにした」
そう言って、机の上に「1110」のタグを置く。母さんは困惑した表情でタグと僕の顔を交互に見た。
「……和哉はいいの? それで……」
「うん」
「和哉は国に結婚相手を決められるほどモテない男じゃないと思うよ?」
「アンタの人生だしね。好きにしなさい」と言っていた母さんが今、僕を思って心配してくれている。
本当にもう、どうでもいいんだとばかり思っていたため、見放されていなかったことに涙腺が滲んだ。
「僕モテないからさ。クラスの話し合いのときも、僕を選ぶ人はいなかったし……」
「……そうなのね」
「結婚相手、国が決めちゃうからさ。どんは人が相手かも分からないこその頼みなんだけど。嫁さんがそういうことが苦手だったりしたら僕も手伝いたいから。家事全般教えてくれない?」
「はぁ、しょうがないわねー」
心配していた母さんだったけれど、「家事教えて」の言葉に安心したのか、夕食を食べ終わるころには表情が和らいでいた。
◆
相田さん、今なにしてるかな。
メッセージ送ってみてもいいかな。もし相田さんにも僕にもお互いの結婚相手が決まってしまったら、きっと
メッセージは取れなくなるんだろうか。
友達としても話せなくなってしまうんだろうか。
そんなことをモヤモヤと考えていると、僕のスマホに着信が入った。
……矢野からだ。
すぐに矢野の着信へと出る。
「矢野、どうしたの? あ、無事に小谷にタグ渡せたよ」
電話が掛かってきたついでに、小谷が了承したかどうかも一緒に伝える。
『そうか。良かったな……相田さ、もう学校来れねぇって。国に私生活から全部管理されるみたいで……高校卒業していないヤツは国が決めた学校に明日から行かされるらしい』
「……え!?」
『お前、菊地からタグ貰ったろ。今ならまだ返せるし、最悪小谷のように違う誰かに回せよ』
……そんな。
こんなに急に、皆と離れ離れになってしまうだなんて思ってもいなかった。
こんな状況なのに、僕と離れたくないと思ってくれているのかな、と、少しだけ嬉しくなる。
「ごめん、矢野。小谷と一緒に指紋付けちゃったから、それはできない」
『はあ!? あーも、なんでてめぇは、いつもいつもやることなすこと行動が早いんだよ。今から柊に連絡して、おまえの家行くわ』
え……!?
今から行くって、もう夜の8時だし……皆も学校があるだろうに。いくらなんでも夜に出歩かせるわけにはいかない。
「まって矢野。柊さんは女の子だし、こんな時間に外に出したら危ないよ」
『明日から会えなくなるんだぞ。んなこと言ってる場合じゃねえだろ』
「ああ、うん。じゃあ……集まるならせめて柊さんの家にしよう! そしたら柊さん、出歩かなくていいしさ!」
矢野を説得し、上着を着てリュックを背負う。
母さんに「友達の家に行ってくる」と伝え、バスに乗り込む。柊さんの家のバス停で降りると、矢野がベンチに座っていた。
「お待たせ」
近づくと、頭を軽く叩かれた。
「マジくそ。小谷はどうでもいいけど、相田に続いてお前までいなくなんなや」
「……ははっ」
矢野が寂しいと思ってくれているように、僕だって寂しい。矢野と柊さんと橋本くんと、クラスメイトと会えなくなることがとても悲しい。
――でも、決めたことだから。小谷は道連れにしてしまって申し訳ないけれどこれ以上、僕のクラスで犠牲者を出したくない。
――皆幸せでいてほしい。
しんみりした空気の中、柊さんの家へ到着した。
一軒家で、きれいな木造建築。まだ新しい印象だった。
インターホンを鳴らすと、部屋着姿の柊さんが玄関の扉を開けてくれた。
「皆、いらっしゃい」
ニコニコの柊さん。
可愛い。部屋着姿も可愛いし、プライベートな柊さん超可愛い。
顔が緩んでいるのが矢野に見られてしまっており、『ニヤけんな』と、肘で胸を突かれた。なんだその、昭和のおっさんみたいなノリは……
柊さんの後ろを歩くように、柊さんの家の中へとお邪魔する。玄関の中に入った瞬間、清潔感漂う匂いが僕の鼻をくすぐる。
リビングには柊さんのお父さんとお母さんと思われる人達がいて、柊さんは「クラスの男の子来たから〜」と、僕らのことを軽く紹介してくれた。
挨拶程度に軽く会釈をする。
「初めまして。飯倉和哉です。夜分にスミマセン。少しの時間、お邪魔させてもらいます」
ご両親は、柊さんそっくりで二人とも美男美女だ。さすが柊家。完璧な遺伝子。
――って矢野!? ちょいちょい! まて!
会釈をせず、リビング前を通り過ぎる矢野の腕を掴む。後ろから小声で話しかけた。
「おまえ、おじさんおばさんに挨拶しろよ! 柊さんと結婚すんだろ!?」
「あ? 俺等の紹介はさっき柊がしたじゃん」
「せめて頭くらい下げろ!」
「今はそんなんどうでもいいだろ」
……うそだろ。
矢野は柊さんのご両親に挨拶をせずに、柊さんの部屋の中へと入ってしまった。
……大丈夫か、コイツ。
柊さん、こんなヤツと結婚して大丈夫か?
カッコイイからって、何しても許されるわけじゃないからな……
気を取り直して、柊さんの部屋の中へと入る。
「お好きな場所へどうぞー」
女の子らしい、柊さんの部屋。
さっきの小谷の汚部屋とはえらい違いだ。
「……し、失礼します」
テーブルを挟んで、柊さんの真正面に座る。矢野は僕の隣の位置に腰掛けた。
「……矢野くんから聞いたんだけど、飯倉くんも国の制度受けるって本当?」
柊さんは泣き出してしまいそうな目で僕を見た。
「うん、ちょっと色々あって……そうなんだ」
「相田さんもいなくなっちゃったし、飯倉くんまで……なんで? 皆で話し合って決めようって言ったじゃん」
「そうだね……その、ごめん……」
柊さんは大粒の涙を流し始めた。
こういう時どうしたら良いか分からず、ハンカチもティッシュも所持していない僕は、とりあえず柊さんの近くへ近寄りパーカーの裾で涙を拭いた。
自分の女慣れをして無さが情けなくなる。
というか、矢野の役目だろ! アイツ何してんだよ!
さすがにイラッとしたため矢野を見ると、柊さんが泣いているにも関わらずスマホを触っていた。
マジでコイツ……どこまで柊さんに興味ないんだ。
矢野の将来像が不安でたまらない。