七、愛する人
あの女がいることは想定内だった。余計な感情は持ち込まないつもりだが、鷹は自分で拷問を与えることはほぼ不可能だと思って、他の四人に担当を任せた。鮫が
「個人的な感情は持ち込まないように」と言っていた。わかっているが彼女を前にして心が動揺するのは仕方がない。心なんてこの島では必要ない。みんなロボットで人間だと思わない方がいい。今日は爪剥ぎの刑の二回目で、前回は手だったが、今回は足の爪を剥ぐ。
当然麻酔などないので、鰐と甲が押さえつけて鷹が一気に爪を剥いでいく。苦悶の表情を浮かべる者、泣く者、逃げようとする者様々だが、無心で作業を行う。彼女の番が廻ってきた。交代を要望したかったが、彼女だけ交代なんてやっぱりできない。顔を見ないように目線を合わせないように努めて、他の囚人と同じように黙って爪を剥いだ。
爪を剥ぐ枚数は、その人の刑の重さによって決められる。極悪の者は足も手も十本ずつすべて剥ぐ。
三方咲苗は両足の親指のみで、他の爪は残す。彼女は私を見ていただろうか。いや、見ていようがいまいがもうどうでもいい。
この島での報酬は目が飛び出るほど高い。一日働いたら二十万円、一週間で百四十万円の報酬が出る。鷹はお金になど興味がなかったが、この島で働く決意をしたことを後悔し始めていた。
今更、もう遅い。契約は一年となっている。愛する人が自分を選んでくれたのだから、任務を遂行するしかないのだ。
昨日、一原宏志が自殺した。彼の冒した罪は、人質をとって銀行に立てこもり、突入してきた警察官二名を銃で撃ち殺した殺人罪だ。人質は無事だった。
事件があったのは四年前でその頃はまだ『島流し』は存在していなかったので、彼に下された判決は『死刑』であった。
鷹は昼休憩の間も、十分後から開始される拷問の準備をしていた。昨日、自殺を志願した者は三名いたが、一週間に一名という決まりなので、くじ引きで一原に決定した。
自殺を志願した者の名前に三方咲苗があり、鷹は混乱した。彼女にはまだ死んでほしくない。という気持ちがあったが、やはり個人の感情はこの島では持つべきではない。しかし、くじで彼女が当たらなくて安堵してしまった自分がいた。
一原のチームメイトは
彼は親族の中で弟を恨んでいた。頭がよくて何をしても兄より長けていた弟を妬み続けていた座間は、五年前の深夜に一家が住む家に火をつけた。弟と奥さん、そして幼い子どもたち三人全員が犠牲となった事件はテレビやネットで連日放送されていた。
弟一人をターゲットにしたのならまだしも、何の罪もない妻や幼い子どもまで死に至らしめたのはあまりにも残忍だ。座間は、歯を十本抜かれ、爪は両方の指すべて剥ぎ取られ、背中に火傷を負い、足の両方の指の爪もすべて剥がした。
一原が自殺したペナルティで座間の背中の火傷に、唐辛子の粉を塗り込んだ。ベニヤ板の上にうつ伏せに寝かせて、両手両足を縛り付けた状態で、赤い粉をふりかけのようにまぶして、ゴム手袋をした手で塗り込むと、座間は悲鳴をあげて体を反らせた。その姿はまるでまな板の上で今から調理される鮮魚のようにも見えた。
陳浩宇は中国出身だが二十歳で日本にやって来て、永住権を得ている。彼は日本の自宅でこっそりと大麻を栽培して、販売していた。しかしそれだけでは当然、死刑にはならない。彼の犯した罪は、大麻の栽培に気づいてしまった妻を殺したことに始まる。
二重人格の彼には妻がいた。妻は日本国籍の一般人で、庭でたくさん栽培されている花はただのガーデニングだと思っていたそうだ。しかし何かのきっかけで妻はその花が大麻だと知る。妻が夫にそのことを問いかけたところ、陳は自分の妻を殺してしまった。
そして、異変に気づいた隣の家の者が様子を見にきたところ、殺害。その時様子を見にきたのはたった一人だったのに、陳は隠していた銃を持ち、隣の家に押し入った。家族六人全員を抹消した後、さらに通報を受けてやって来た警察官二人を銃で撃ち殺した。大麻のみならず、家の倉庫に銃を隠し持っていた陳は、狂ったようにあちこちに発砲する。その銃弾で、裏の家の窓際にいた猫まで運悪く撃ち殺された。結果として、妻、隣接する一家の六人、警察官二人のトータル九名を殺害。さらに後から駆けつけてきた警察官にも発砲して重症を負わせた。ついでに猫一匹も殺害した彼には当然の如く死刑の判決が下された。尚、極悪の者は全員十名以上殺害した者だが、最後に重症を負った警官は半年後に死亡した。これにより陳は十名殺害したことになった。
陳に課せられたペナルティは、声帯つぶしだ。独特の声の持ち主で歌を歌うのが好きだったという陳浩宇は、その自慢の声を奪われることになった。