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九 ペースト

九、ペースト


 昼食でもない、夕食でもない調理を頼まれた。黒服が段ボール箱を持ってきて、調理台の上に置く。これらをすべてペースト状にして混ぜ合わせること。混ぜる際には浄水を利用すること。それだけ説明された。

しその葉を洗い、蓮根の皮を剥いた。かぼちゃの種をとって、これで美味しい煮物を作る訳ではないそうだ。一度立ち去った黒服が戻ってきて「これを使いなさい」とミキサーの入った箱を三つ置いていった。


 すべての材料を細かくカットして、蓮根やかぼちゃなどの硬い食材は鍋で湯がいて柔らかくする。それらをミキサーに放り込みスイッチを押す。その上から水を入れて液状にしていく。決して美味しそうとは思えないなんだかえげつない色のドロドロしたものが完成した。


 水彩絵の具の赤と青と緑と黄とオレンジは、最初チューブから出した時、鮮やかな色をしているのに、それらを混ぜ合わせると何ともいえない色になる。ネズミ色というのかドブ色というのか。混ぜない方がよかったと思う。つまりそんな色をしている。


 これをどうする気なのだろうか。健康食として囚人たちに飲ませるのだろうか。真心はりんごやバナナが七割で、少量の小松菜を入れたスムージーを飲んだだけでも、美味しくないなと感じたことを思い出した。隣にいる仙台は淡々と作業をしている。


 すべての作業を終えると休む間もなく昼食の準備にとりかかる。仙台はエプロンを外して調理場を出ていった。掃除に向かうのだ。


 真心と仙台の一日のスケジュールはこんな感じである。


 掃除係と料理係に別れて作業を始める。両方とも朝六時から作業スタートだ。真心は本日、料理係なので朝一番で調理場に向かう。朝食はシンプルなので一人でもなんとかできる。それが終われば昼ご飯の準備をするのだが、今日は珍しく仙台も一緒に午前八時過ぎから、謎のペーストづくりをさせられていた。


 昼食は十二時に用意しなくてはならないので、急いで準備する。昼食を摂った後、掃除係と合流して、食器等の片付け、そして食堂の掃除をする。つまり、昼食を用意するところまでは基本一人で行わなければならない。それが終われば今度は夕食の準備、夕食、片付け、最後に調理場の掃除である。

かなりハードなスケジュールだが、お給料を考えると、これくらい働いて当然である。


 午後から仙台と合流して、職員用の白米を洗って炊飯する。仙台は囚人用の麦飯を洗っている。


 仙台はどこか飲食店で働いていたのか手さばきが職人のようだ。軽快なリズムで野菜を切り、魔法のようにするする皮を剥く。真心も負けじと頑張るが、ちょっと料理が得意な庶民レベルだろう。


 相変わらず静かで、包丁がまな板に当たる音、卵をかき混ぜる時のシャカシャカする音、お湯が沸く音くらいしかしない。孤独には慣れていた。独り暮らしで友人も少ない真心は、割と一人でも大丈夫なタイプだ、と思う。ただしそれは平和で便利な環境があってこその話であり、このような常時不安と隣合わせの環境下では寂しさを覚えてしまう。


 動画配信で見たことがある。日本人は一人でも生きていけるようになった。他者と関わらなくても生きていけるようになった。それは、生活が便利になったが為、という内容を思い出す。


 それはその通りだと思う。スーパーは無人レジが殆どだし、駅の改札口も無人、コンビニも従業員は一人だけで、コンビニロボという可愛い小さいロボが床掃除をして、陳列棚に足りていないものを把握する。ATMもある、ネットで何でも買い物できる。そんな世の中で誰とも触れ合わずに生きようと思えば、できてしまう。


 それに対して、介護施設は対、人間だった。年老いた人たちも個性が本当に様々で、認知症を患っていた加藤さんは、真心のことを孫だと勘違いしたままだった。


 孫の名前であろう、サキちゃんと呼ばれ、「サキではありません、マコと申します」と何度か言ってみたが、やはり加藤さんにとって私はサキちゃんなのである。


 御年百歳の倉田さんは、入れ歯をすぐに外してあちこちに置いてしまうし、野口さんは、車椅子なのに動きが早くて、自転車並のスピードで移動するし、そんな介護施設の毎日はちゃめちゃだったけど、人間味があった。


 この島に来てから私語というものは本当にゼロで、隣で働いている仙台が何歳なのかどこ出身なのか何も知らない。従業員はもしかしたら全員、精巧な人間型ロボットなのかもしれないと思ってしまうほどだ。


 でも、いいか。どうせ一ヶ月で去るのだから。


 この日は囚人たちの食べ残しが多かった。きっとあの液体が影響しているのだろうが、もうそれ以上は何も考えないようにした。


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