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十三、侵入者 

十三、侵入者 


 真心は、一昨日おとといに作成した謎のペーストを思い出していた。考えないようにしようと思っていたが、気を紛らわせるゲームや音楽も何もない島では、つい余計なことを考えてしまう。紫蘇やらセロリやらすべてミキサーに放り込んで混ぜるのは調理員の仕事だった。出来上がった流動食は得体のしれない香りを放っていた。あれをどのように利用するのか。単純に皿に盛られて全部食べなければならないという拷問。なんだろうそんな生ぬるい罰を拷問とは呼ばない気がした。もっと酷い方法であれが利用されたはずだ。知らぬが仏という言葉が頭をよぎる。石塚からこの島の話を聞いたとはいえ、あまりにも謎が多かった。


 午後九時、一日の仕事を終えて自室に帰った真心は、なんだか外が騒がしいことに気づいた。壁のこちら側ではなくてどうやら向こう側のようだ。こんな時間までまだ例の儀式は続いているのだろうかと真心は窓のカーテンを閉めた。


 しかし、今日は何だか違う気がした。目をつむって耳をすましてみると警告アラームのようなものが鳴り続けているのが聞こえる。もしかして火事か何か、それか囚人が脱獄でもしたのであろうか。そう思うと寒気がした。この島にいる囚人たちは劣悪非情な罪人たちだ。無差別に人を襲う可能性は十分にあり得る。


 真心は狼狽えていた。持参したチェックのパジャマではなくて、普段着に着替えた方がいいだろうか。すぐに逃げられるように……。ってどこへ逃げるのであろうか。


 その時だった、突然部屋の扉がノックされて声がした。


「渡倉さん、いますか?」


 その声には聞き覚えがあった。一番はじめにこの部屋に案内してくれた黒服の女だ。


「はい」


 念のためドアチェーンをかけた状態で数センチだけドアを開けた。


「先程、島に何者かが侵入しました。窓をしっかり施錠してこの部屋から一切出ないでください」


 それだけ言い残すと黒服の女はドアを閉める前に去っていった。

 侵入者とは……。とりあえずドアを閉めた真心は内側についている二つの鍵を閉めた。


 八畳ほどの部屋にはこれといって物はない。最低限の着替えや化粧水、くしや歯ブラシといった日用品くらいである。言われなくても外になど出ない。コンビニもなければ娯楽施設もない外に出てもロクなことはないだろう。


 家から持ってきたボストンバッグの中には本当に何も入っていない。身を守るための武器になりそうなものなど存在しないし、襲われたらもう抵抗のしようがない。


 侵入者が何者なのか、一人なのか複数人なのか全くわからないが、明日も朝早いので真心はベッドに身を横たえて布団を頭まで被った。


 スマホを没収されているが、ベッドサイドにはデジタル時計がある。アラーム機能付きで毎朝四時五十分にアラームが鳴るように設定している。窓には雨戸がないが、二重ガラスと厚手のカーテンが音を防ぐ。それでも完全に密閉されている状態ではないので、九時半を過ぎても外が騒がしいのだけはわかった。頼むからこっちに来ないで。さっさと捕まえて。布団の中でそう願うのみ。


 一時間ほど経ったであろうか、仕事で疲れていたのかウトウトし始めた時に突然館内アナウンスが響く。


『侵入者が、従業員棟に隠れている模様。従業員は各自、身の安全を確保せよ』


 従業員棟とはこの建物のことで、真心は怖くなったが身の安全を確保せよと言われたところで、何をどうすればいいのかわからず、固まっていた。

唯一、武器になりそうなのは荷物に入れていたソーイングセットの糸切りバサミくらいだ。何かないか、何か……。例えばフェイスタオルを侵入者の首にひっかけて……。


 真心は腰を痛めた、力のない二十歳の女性だ。護身術を習ったこともないし、武道をたしなんだ経験もない。無理だと諦めた真心は頭から布団をすっぽり被って、ただ、ベッドの中で怯えることしかできなかった。


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