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十四、秘密の階段

十四、秘密の階段


 薊はその時、テレビ電話で姉の菫と会話していた。


「手術はうまくいった?」

「ええ、綺麗ばっさり切り取ったわよ」


 薊はこの間の手術で、性別を失った九十九の姿を思い出す。切り取ったそれをどう処理するか迷ったが、気持ち悪かったので、適当に紙にくるんで裏の森にある生ゴミを埋める穴の中に放り込んだ。二重に手袋をはめていたがそれでも気持ち悪くて、石鹸で丁寧に手を洗った。


 当然、切り取ってそれでおしまい、ではない。睾丸と陰茎切除の際、尿道を確保する必要があるし、女性に生まれ変わるための性転換の手術という訳でもない。かなり技術のいる精密な手術だった。薊はよく一人でできたなと自分で自分を褒めてやりたかった。


「いい気味だわ」

「姉様。趣味が悪いわよ」


 その時、館内アナウンスが響いた。


「どうしたの?」

「侵入者らしいわ」

「えっ?」


 パソコンに映った菫の顔色が曇る。薊が子どもの頃と比べてテレビ電話の画像は確実に綺麗になって、毛穴まで見えそうなほど高画質になっていた。


「一体どこから? 動物か何かじゃないの?」

「確認してくるわ」

「頼んだわよ」


 薊はテレビ電話を切って事務室から出た。姉が動物じゃないかと言ったが、この島は人口島なので、野生動物がいない。いるのはどこからか飛んできた鳥たちくらいだ。館内を慌ただしく黒服たちが動き回っている。


「どうしたの?」


 薊は事務室の近くにいた鈴蘭すずらんを捕まえた。


「あ、薊様!」

「館内に何者かが侵入したみたいです!」

「動物とかではなくて、人間?」

「先程、倉庫で秋桜コスモス菖蒲しょうぶが手足を拘束されて閉じ込められているのを発見しました」

「何ですって⁉」


 この島にいる黒服たちには一定の武器を与えている。小型ナイフやアイスピックなどは常時スーツの裏に隠し持っているし、いざとなれば、職員棟の秘密の部屋にある麻酔銃や、その他武器を利用できるようにしてある。


 さらに黒服たちは研修で一定の護身術を学んでいる。それでも捕らえられたということは、相手は非力ではない。


「その二人は侵入者の姿を見たの?」


 薊が鈴蘭に問いかける。


「一瞬だけ見たそうですが、全身黒ずくめだったそうです」

「男か女かは?」

「わからないです」

「そう……」


 性別がわからないとのことだが、武器を持った女二人を拘束できることを考えたら男ではないかと推測する。


「侵入者は一人? 複数人?」

「一人らしいです」


 鈴蘭の答えに薊は驚いた。たった一人で一体どこからこの島に侵入したのであろうか。


「薊様もお気をつけください」

「そうね……」


 薊は鈴蘭と別れてある場所へと向かった。職員棟は地上二階、地下三階の造りになっている。地下には監視カメラの映像が確認できるモニタールーム、食料庫がある。台風などで食料や物資の輸送が滞ることも考慮して、大人五十人が一週間過ごせる程度の水や食料が備蓄してある。この島は人工の埋立地なので、水源がない。水は島の北部に位置する浄水場で海水を濾過ろかしている。薊は地下二階に降りて、周囲に誰もいないことを確認した後、パスワードを打ち込んだ。すると鉄製のドアが開く。


 地下二階は武器庫である。麻酔銃、剣銃、手榴弾、催眠ガス、ナイフ、その他様々な武器が置かれている。

万が一ではあるが、脱獄があった場合はその囚人を殺すことも認められている。しかし、この武器庫の存在を囚人に知られることがあれば、立場は一転する。この場所は黒服の中でも信頼のおける数人と薊、鷹しか知らない。パスワードの数字は全部で十一桁。デタラメに打ち込んでも当たる確率はほぼ皆無だ。


 薊が武器庫に立ち入ると、ひんやりとした空気だった。太陽の光が届かない地下ならではの温度と湿度。薊は麻酔銃を三本手にとり、部屋から去った。地下へ続く階段も簡単には見破れない場所にある。職員棟には無料ランドリー室がある。この島では通貨というものは一切活躍しない。本土から持ってきたお金もこの島では何の価値もない紙切れと鉄くずである。洗濯機が五つ並んでおり、その横に大型乾燥機が五つ並んでいる。その奥にリネン室というプレートのついた扉がある。リネン室の床の一部にカードをかざせば地下へと続く階段が現れる。


 決して誰にも見られてはならない。薊は左、右、上下、その他すべての方向を確認してリネン室から出た。


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