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二十、許嫁

二十、許嫁



 とろりとした玉ねぎ、人参とほくほくのジャガイモ。肉じゃがを皿に盛り、テーブルに置くと、手を合わせて「いただきます」と静かに食する彼。


 魚もたくさんさばいた。アジ、イワシ、鯛、温暖化でスジアラという魚が本州でも一般的に流通していた。日頃屠殺場で働いている鷹を気遣い、できる限り魚料理をたくさん作るようにした。肉じゃがにも牛肉ではなく鶏肉を使用している。


 何度も「来なくていい」と言われたが、鷹はたくさんご飯を食べてくれるので、作る方も楽しいし、嬉しい。


 父には、アルバイトをしていると嘘をついていた。町の商店街にある蕎麦屋で働いていることにしてもらっていた。咲苗はそこの蕎麦屋の夫妻と仲が良かったから、「私が働いていることにしておいてください」とお願いした。


 もしかしたら父が偵察に来るかもしれない。咲苗がちゃんと働いているのかどうか店を訪れる可能性は多いにあった。実際、父は店に足を運んだそうだが、蕎麦屋の亭主が「出前に行っている」と機転を利かせ嘘をついた。


「咲苗ちゃんも年頃だもんねー。彼氏と会わせてもらえないなんて可哀想」


 蕎麦屋の奥さんは話のわかる人だったが、本当は彼氏でなくて自分が勝手に好きなだけの人なので、ちょっと心が痛かった。


 小学校は地元の公立に通っていたが、中学、高校は有名私立校へ通っていた。咲苗の意思はそこになくて、通わされていた。昔から父は厳しく、門限は夕方の六時。高校を卒業したら大学に行きたいと申し出た咲苗に対して、父は結婚を勧めた。まだ十八歳だ、結婚するには早すぎる。せめて社会経験を積むためにアルバイトをさせて。満足したら結婚するから。と父を説得していた。


 政略結婚なんていつの時代の話なのかと咲苗は呆れ返っていた。許嫁は早くから決まっているようだが、興味がない。それより、咲苗は鷹とかけおちしようと考えていた。


 しかし、思い通りにことは運ばない。鷹は結婚を渋っている。ショックではあったが、断られた訳でもない。どうしたら鷹は自分と一緒になってくれるのであろうか。そう考えていた咲苗の後を家政婦が尾行していた。鷹の元に通っていることがバレたのだ。激怒した父は鷹にひどいことを言った。お願い、やめて、黒田くんを誰も傷つけないで。


 しかし、咲苗の思いは虚しく、彼は忽然と姿を消してしまった。

 探したくても父の監視の目が強化されて、家から簡単に出ることもできない。絶望的な気持ちで過ごす咲苗と見知らぬ許嫁との婚姻の話がいつの間にか進んでいた。


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