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二十二、眠る姫 

二十二、眠る姫 


 医務室を出た薊は、牢がある地下三階へと向かう。武器庫がある地下二階へおりる階段とは別の螺旋階段が地下三階まで繋がっている。万が一、牢から脱獄した囚人が武器庫で武器を手にすると非常にまずい。なので、階段は別で造られた。


 日の光が全く届かない薄暗い地下三階は独特の匂いがする。人工で埋め立てた島なので、火山島などの自然の島ではない。コンクリートの香りとまとわりつくような湿度が不快だ。


 牢の前には鷹がいた。


「お疲れ様」


 薊が声をかけるが振り向かない。


「まだ先程眠ったばかりだ」


 牢は幅一、五メートル奥行き三メートルほどで、鉄格子の扉の中にまだあどけなさの残る女が眠っていた。


「太ももの治療をさせて頂戴」


 三方咲苗の娘に麻酔銃を撃ったのは、まぎれもない鷹だ。武器庫から麻酔銃を持ち出した薊が渡した。動物用の麻酔銃で彼女の足元に針が刺さった。慌ててその針を抜こうと引っ張った彼女だが、血が吹き出すだけで抜けずに、傷口は広がってしまった。との連絡だった。


 銃で撃たれた三方の娘は撃った鷹にライフル銃を向けて発砲。弾は鷹の後ろの壁にはまった。と同時に、甲が今度は本物のピストルで彼女が持っていたライフル銃を撃ち落とした。その射撃は見事だったらしい。薊は甲にはピストルを渡していないのに所有していたことを聞いて背筋が凍ったが、結果としてはプラスだった。


 甲に取り押さえられた三方の娘は五分ほどもがいていたが、やがて麻酔が効き始めて、動きが鈍くなり、簡単に手足を拘束することができた。


 以上が鷹からの報告だ。三方の娘がライフル銃をどこから入手したのか、どうやって島に潜り込んだのか、聞きたいことは山のようにあった。


 しかし、医師としてまずは、治療を行うのが優先だ。眠っている彼女の太ももから麻酔針を取り出し、消毒をしてガーゼで押さえた。

 かわいそうだが、両方の手を合わせて再び手錠をかける。麻酔が切れるのはあと二時間ほど後であろう。薊は腕につけた時計を見た。この島には、事務所とモニタールーム、調理室と食堂、そして従業員たちのベッドサイドにのみ時計がある。


 時刻は一時四十分。夜中である。


「悪いけど少し休みたい」


 薊が鷹にそう申し出ると、鷹が「もちろん」と答えた。


「あなたは大丈夫なの?」

「人の心配をしている余裕はないはずだ」


 鷹の言う通り、一日働き通しの薊の体は疲弊しきっていた。


「医師として、ある程度睡眠はとるように言っておくわ」

「わかった」


 薊は、長い螺旋階段を登りながら、高松家に鷹がいた頃のことを思い出す。

薊が二十歳前後の時であった。看護の学校に通っていて、朝から晩まで家をあけていたので、実質、鷹と顔はそんなに合わせていない。何度かフルーツや飲み物を持っていったことがあるが、父から近づくなと言われていた。


 姉は父の忠告をことごとく無視して仲良くしていたようだったが、今の鷹は何を考えているのかよくわからない。記憶をなくしていると聞いたが、今もなくしたままなのだろうか。姉から指名されてこの島にやって来た彼の心の中を覗いてみたい衝動に駆られたが、今はそれより休養が先だ。


 自室に帰った薊は倒れ込むように眠りについた。


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