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二十四、肩 

二十四、肩 


 眠れなかった。小さな窓から明るんだ空が見える。明日花がこの島に来てくれた。咲苗は心の中で何度も何度も反芻する。喜びと同時にこんなところまでやって来た娘が心配でならなかった。銃声が鳴り響いて、咲苗は心臓が張り裂けそうだった。


 近くにいた女性が「大丈夫よ、麻酔銃だから」と耳元で囁いたが、さらに銃声が一発、もう一発。部屋の中で何が起こっているのか。


「お願い、娘を殺さないで!」


 咲苗は近くにいた女のワンピースの裾を引っ張って懇願した。


「大丈夫よ、殺したりしない」


 咲苗は慌てて走り出そうとしたが、足が激痛ですぐにころんだ。と、同時に黒服たちに囲まれてしまった。


「動くな」


 ボロボロの咲苗は黒服に取り囲まれるとどうすることもできなかった。やがて担架に乗るように指示をされ、何事もなかったかのように囚人たちの寝泊まりする棟へと返された。


「あの……娘は……」


 黒服たちは何も言わず、咲苗を自室に戻し、鍵をかけた。


 三発の銃声はいずれも異なる音だった。一発目が麻酔銃だとしたら、二発目と三発目はいったい……。


 眠れる訳もなく、ただ鉄格子のついた小さな窓を眺めるばかり。フクロウでもない、不気味な鳥の泣き声は聞こえるが静寂な明け方。娘がひどい目にあっていないかという不安と、あられもない姿を娘に見られた羞恥、娘が自分に会いに来てくれたことに対する喜びの感情が入り混じり、いても立ってもいられない。窓の外に向かって

「明日花!」と叫んでみたが、当然返事などはない。


 空が明るんでも時間が過ぎるのが遅く感じる。早く、早くここから出して! そう思った咲苗の前に突然、朝食が自動的に運び込まれる。


 素のままの食パン、牛乳、りんご、味のないスープ。ご飯など食べている場合ではないと思いながらも生きる希望が湧いた咲苗は朝食を一気にかきこんだ。


 いつもどおり、アナウンスが入る。


「時間になりました。拷問場へ向かってください」


 機械的なアナウンスは一日目のみ、拷問場ではなくて外へ向かってくださいという言葉だったことを思い出す。


 自動的にドアが開いて、囚人たちが外へと出ていく。なお、この際、手錠や足かせはごく一部の人にしかされていない。


 銃を持った屈強な男が見張る中、囚人たちは列をなし、ただ黙って建物から出ていく。咲苗は、誰かに尋ねたかった。しかし、勝手な行動をすれば銃で撃たれるのみ。ええい、構うものかと列からはみ出し、男の元へと走り寄る。


「勝手な行動をするな!」


 男が銃を構えた。しかし咲苗は歩みを止めない。


「撃つぞ!」

「待て! 三方咲苗、止まりなさい!」


 名指しで呼ばれて一瞬ひるんだ。声がしたのは咲苗の後方からだ。しかも聞き覚えのある声。


「娘に会いたいのだろうが、一旦止まれ」


 振り返った瞬間銃声が響く。


「待てと言っただろう!」


 銃声と共に咲苗の足に何かが刺さった。と、同時に彼女の目に飛び込んできたのは鷹の姿だった。


「三方咲苗は私が引き受ける。お前は囚人たちを連れていけ」


 おろおろする囚人たちをまとめて、その男が「さっさと拷問場へむかえ! お前たちも撃つぞ!」と脅している。


 咲苗の前に鷹が駆け寄って、小声で

「娘に会わせてやる」と囁いた。咲苗が右足を見ると、何か針のようなものが刺さっている。


「抜いてはいけない、針が返しになっているから簡単には抜けない。まずは医務室へ」


 そう言って、鷹がひょいと咲苗をかつぐ。


「離して! 自分で歩くから」

「私の言葉が信用できないのか」


 鷹にそう言われて咲苗は惑乱わくらんする。この人は……かつて自分が愛した人。生涯を共にしようと考えた人だ。だが今は敵か味方か、信用していいものか。


 ごつごつした体に大きな肩。咲苗は鷹を信じてみることにした。しかし時間が経つにつれて意識が遠のき、やがて何もわからなくなった。


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