二十五、異常
仙台に仕事を任せきりなので、なんとか歩けないかと簡易ベッドから起き上がるとよろけた。
「危ない、どうしたの?」
朝の六時頃、医務室に帰ってきた薊が石塚とバトンタッチしていた。
「石塚くん、ありがとう。今日の仕事はしなくていいから休んで」
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫ではないわ。徹夜で働くのはダメです。医師の忠告ですので寝てください」
「……わかりました」
石塚は言われた通り、医務室を出ていった。真心は石塚に申し訳ないと思いながらも夜中何度もウトウトしていた。
「あの……仕事……」
「その状態で働くの?」
「私がいないと仙台さんが一人で大変だと思うから」
真心の方を向いた薊がニコリと笑い、「優しいのね」と一言。
「でも医師としては今日一日安静にすることを要望するわ」
ああ、なんて綺麗な人なのだろうか、先程のニコリと笑った顔はそこらの女優よりも美人で麗しい。テレビで見かける総理大臣も常々綺麗だとは思っていたが、こんな姉妹がいるとは……。
真心は仕方なく、再び簡易ベッドに腰をおろす。
「物わかりがいいのね」
褒められても嬉しくはない。仕方がないと目を真心が目をつむろうとしたら、薊の無線が聞こえた。
「今から三方咲苗を医務室に連れていく」
薊は腰ベルトにつけていた無線機を外した。
「職員棟の医務室に?」
「ダメか。眠っている」
「もしかして麻酔銃使った?」
「仕方がない状況だった」
薊がふぅと息を吐いた。
「わかりました。連れてきて頂戴」
真心は、この部屋に誰か来るということは理解した。
「渡倉さん、今から囚人……と言っても眠っているそうだけど、一人患者が来るからどうする? 自分の部屋に帰る?」
さっきの会話、麻酔銃って、そんなもの使っているのか。
「邪魔なら帰ります」
「全然邪魔なんかじゃないけど」
どうするか、歩けるのか。トイレに行ってみよう。
「とりあえずトイレ行ってきます」
「そう……。介助が必要?」
「一人で行きます」
真心はゆっくりと起き上がり、ベッドの下に用意されていたスリッパを履いた。いつの間に誰が用意してくれたのか。
「大丈夫?」
「大丈夫です……」
壁づたいにゆっくりゆっくりと足を進める。すると廊下に出たところで、女の人を担いだ男の人とすれ違う。この人は昨日、窓の外に飛び降りた後一瞬目が合った女の人だ。髪がほどんどない。
なんとかトイレに辿りついたけれど、心臓がバクバクいっている。
髪は抜かれたのか? 焼かれたのか? 切られたのか? いずれにしても
やっぱり仕事を辞めて帰ろう。真心はそう考えていた。
拷問、麻酔銃、傷だらけの体。異常だ異常だ異常だ。