二十七、三人目
華奢な体だ。鷹は咲苗を抱えて螺旋階段をおりていく。娘の方はさすがに起きているであろう。
照明はあるものの、薄暗い。石造りの螺旋階段をおりると牢が見えてきた。
「母さん!」
早速、母親の姿に気づいた明日花が叫んだ。まだ母は眠っている。
「貴様、母さんに何をした⁉️」
野生のハイエナのように牙をむく娘。
「落ち着け、麻酔で眠っているだけだ、じきに目が覚める。大人しくしていろ。お前と一緒の牢に入れるから」
「お前何者だ⁉️」
「大人しくしとけと言っただろう」
目をギラギラさせている明日花に鋭い眼光を送る。牢の鍵は簡単には開けられない特殊な鍵だ。そっと開けて三方咲苗を寝かせる。
「母さん……」
「あと三十分ほどで目が覚めるからゆっくりと話をするがよい」
鷹はそれだけ言い残して、再び鍵を閉めて去った。
鷹が拷問場に着いた時、罵声が飛んでいた。
「赤切、てめぇ裏切んのか⁉」
「ふざけんな!」
泣き出した赤切に場を仕切っていた虎はこう尋ねる。
「お前は人を殺めて囚人となり、それでもまた尚、人に迷惑をかけるのか?」
虎の言葉に
「そうだそうだ!」と同調する者や、「お前なんか消えてしまえ!」と罵倒する者もいる。
「静粛に」
赤切は何を思って泣いているのだろうか。鼻水を垂らしてまるで幼児のように泣きじゃくっている。今から人生の最期を迎えるのが怖いのか、罵倒されるのが嫌なのか、はたまた、やっと苦痛から解放されるという喜びなのか。
「赤切以外の者の今日の刑を発表する」
虎が淡々と氏名、そして拷問内容を告げていく。
赤切は鰐に連れていかれた。用意していた車は旧型で、白い塗装の一部にこすったような跡がある。
鰐が運転席のドアを開けて赤切を乗せる。シートベルトは当然閉めさせないでエンジンをかけて、思い切りアクセルを踏み込むように指示を出してある。ここで暴走して看守となる鷹たちやその他囚人を轢き殺してもらっては困るので、まるでおもちゃのラジコンのように車は遠隔操作で停めることができる特注品だ。アクセルを踏むのはあくまで赤切自身なのだ。
「思い切り踏んで壁につっこめ」
鰐が指差す方向には例の職員棟と囚人棟を隔てる鉄壁の壁があった。
しかし、しばらくしても車は発進しない。ああ、渋っているのか。死ぬのが怖いのか。
鷹がそっと車に近づくと運転席で赤切は目を閉じてお祈りを捧げるように両手を握りしめていた。
囚人たちが見守る中、しばしの静寂の後、車は一気に加速して、壁へと突っ込んだ。時速八十キロくらいだろうか、もっと高速でないと中途半端な当たり方だと、むち打ち症になるだけで死ぬことができない。エンジンルームが潰れて、フロントガラスが割れ、シートベルトをしていない赤切の体が宙を舞った。
どすん、鈍い音がして車の天井部分に叩きつけられた彼から一旦目を離して本日の拷問の準備をする。ここから先は担当の鰐がどうにかしてくれる。
十分ほど経過して、鰐に確認をとる。「どうだ?」
「今、脈をとっていますが、鼓動を感じません」
「そうか」と返事した鷹は今度は薊に連絡をする。
「死亡確認をお願いしたい」
「……わかりました」
しばらくすると薊がやってきて、赤切の死亡が確認された。またいつものように拷問が始まる。
死亡した囚人は石塚晋也に託す。職員エリアの森の中に、火葬場がある。そこで遺体を焼く。
石塚晋也に火葬場へ向かうように指示を出した。
火葬場の方角から煙がたなびいている。天気はあまりよくない。西の空に黒い雲が立ち込めているので、午後からスコールだろうか。赤切が減って囚人の数は二十一人になった。日本の現在の死刑囚は全員この島に来ているはずだが、今後増えることがなく一週間に一人ずつ亡くなっていった場合、半年ほどで囚人の数はゼロになってしまう。いや……水釘は自殺しないであろう。最後の一人になっても彼だけは残っているような気がした。
今日は「逆さ吊りの刑」だ。その名の通り、囚人たちは足をロープで固定されて逆さ吊りにされる。一人五分の逆さ吊りの後、十分休憩、そしてまた逆さ吊り。極悪は倍の十分逆さ吊り、後休憩十分、再び逆さ吊り。
一人六回なので五分✕六で三十分という計算。血液が頭に溜まり、貧血とは逆の状態になるが、人間の体は当然、頭が下で足が上という過程で作られていない。血流がおかしくなった囚人たちはヨダレを垂らしたり、白目をむいていたり、気分が悪くなるようだ。
お昼の鐘が鳴る。鷹たちは交代で昼食をとるために職員棟へ向かう。一方囚人たちは昼ご飯がないので、一人一本ずつペットボトルの水が配られる。ペットボトルの水は常に新しいものを用意している訳ではなくて中の水のみ交換して再利用するのだが、囚人の中には握り潰してしまうヤツもいる。
午後の拷問が始まるまでの一時間、囚人たちは晴れていれば拷問場で待機、雨の場合は囚人棟で待機となる。
歩ける者、歩けない者、倒れたままぐったり動かない者、水をガブ飲みする者、水を頭からかぶる者。色々いるが、脱水症状になってはいけないので、基本は水分の補給を要求する。気温は相変わらず高くて湿度も高い。水を飲めと命じても飲まないヤツは医務室に連行されて、点滴を打ちたいところだが、暴れられると厄介なので、鎮静剤を注射した後、手足を拘束してから点滴を行う。その頃には本日、三人目の自殺者がいたことなんてきれいさっぱり忘れ去られている。鷹がふと火葬場の方を見ると煙はもう出ていなかった。
午後になると雨が降ってきたが、囚人たちに服を脱ぐように命じた。鷹に渡されたマニュアルには拷問が全部で二十種類も記されていた。これは、飽きるのを防ぐためらしいが、飽きるも何も、刑に服するのにそんなものは必要あるのかわからない。これを考えたのが菫だなんて思いたくはなかった。
男も女も全裸になり、その場で様々なポーズをとらせる。「ヌードデッサンモデルの刑」という拷問の中でも一番頭を抱えたくなる刑をやらせてみる。どの日にどの拷問を行うかは鷹に任されているが、これは今まで一度もやったことがなかった。
二時間の間、動いてはならない。それにしても滑稽な画だ。鷹はともかく鰐は笑いをこらえているのかプルプルしている。
当然、二時間同じポーズをとるのは苦痛であろう。動いたら、鞭で叩く。雨がひどくなり土砂降りの中、囚人たちは耐えていた。