四十一、被害者遺族
真心は、石塚を部屋に招き入れた。本当はプライベードルームに他者は入れてはいけないことになっているのだが、涙が止まらなくなったので仕方なくそっとドアを閉めた。
部屋には電気ポットがある。石塚がお湯を沸かしてティーバックの入ったコップに注ぎ、真心に渡してくれた。
「ありがとう……」
真心はゆっくりとお茶を飲む。
「落ち着いた?」
「うん……」
時刻は五時前だ。
「仕事は大丈夫なの?」
「うーん、多分」
まさかと思うが、盗聴などされていないか時々不安になる。真心はボストンバックの中のメモ帳とペンを取り出し、こう書いた。
『急にすごい不安になった』
それを見る石塚の目はやはり色が淡くて、日本人離れしている。石塚が真心のペンを見て「貸して」と言うので渡した。
『それは今の仕事について?』
再びペンは真心に戻る。
『すべてが怖くなった』
その字を見て、石塚はしばらく何か考えていた。
『渡倉さんは被害者遺族ですか?』
突然書かれた文字に真心は驚いて、石塚の顔を見た。その顔から
真心はゆっくりとメモ帳にこう書いた。『はい』
今度は石塚の表情から
真心からペンを受け取った石塚もゆっくりと文字を書いた。
『オレもだよ』
真心は驚いて、石塚の顔をまじまじと見つめた。
『十三年前におじいちゃんが死んだ。殺されたんだ』
真心は信じられなかった。十三年前といえば、真心が七歳でちょうど事件があった年だ。石塚はどんどんペンを走らせる。
『おじいちゃんは私立育布学園の教頭だった』
真心は驚愕して、石塚の目をさらにじっと見つめた。すると、石塚は悟ったかのようにペンをまた走らせた。
『渡倉さんは誰を失ったの?』
『姉です』
『私立育布学園?』
今度はメモではなくて、真心は深く頷いた。
「やっぱりそうだったんだ……」
石塚は思わず声を出して、慌てて、口を塞いだ。
盗聴器があるなんて気のせいかもしれない。だが、用心するにこしたことはない。メモ帳をめくって次々と石塚がペンを走らせる。
『僕のおじいちゃんは教頭だったけど、ワタクラさんって子を気にかけていた』
真心は信じられなかった。こんなところで繋がっていたなんて。いや、もしかしたらわざとかもしれないと思った。思えば、この島で働くと決めたのは一枚のチラシがポストに入っていたからだ。あのチラシは厳選された人物にしか配布されていないのかもしれない。つまり、この島で働きたい理由がある人。
『育布学園はマンモス校だったけど、ワタクラユイさんという女の子がいつも植物の手入れを一生懸命やっていて感心しているっていう話を、おじいちゃんから何度か聞いた』
植物の手入れ。数少ない記憶を呼び戻すと、姉は花が好きだったように思う。
『僕のおじいちゃんも花壇を眺めているのが好きな人で、よく一緒に花を眺めていたそうだよ』
そうだったんだ……。優しい表情で花を眺めている姉の姿を脳裏に浮かべると悲しくなった。
『僕は水釘那央斗を憎んでいる。でもこの島で働くと決めたのはそれが理由ではない。そもそもやってくるまで、この島のことなんて知らなかった。来てみたらとんでもないところだった』
一緒だ。真心は悟った。あのチラシは水釘那央斗の被害者遺族全員に配られて、もちろん時給三万円なんて怪しいと捨ててしまった人が大半で、でも自分と石塚はこの島にやって来てしまった。そして真実を知ることになった。
真心は再び石塚の目を見た。淡いブラウンの瞳には何か強い意志のようなものを感じた。その時だった。アナウンスが流れた。
『従業員一同、ただいまより持ち物検査を行います』
「持ち物検査……?」
思い出に浸っていた真心は急に現実に戻された。何故、今さら持ち物検査などされるのか。
「オレがここにいるのがバレたらまずいな」
「もうバレています」
真心は驚いた。当然石塚も驚いている。いつの間にか扉が数センチ開いていてその先に黒服の姿が見えた。
「渡倉真心、石塚晋也。規則を破ったあなたたちはこちらへ」
血の気がひいた。規則を破ったといっても、同僚が少しの間部屋に入っていただけだ。それでも何かお咎めがあるのだろうか。真心と石塚は従うしかなく、黒服の後に続いた。