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四十二、疑い 

四十二、疑い 


「犯人が捕まった?」

「まだわかりません。でも怪しいです」


 鈴蘭が薊に報告をする。

 そんな、まさか。渡倉真心と石塚晋也が密会を行っていたという話を聞いて、薊はどう反応していいかわからなかった。


 日本は大騒ぎになっているらしい。タイミング悪く姉の菫がこの島にいることで、国民の感情はピークに達している。マスコミは無茶苦茶な報道をしているという報告を聞いて、薊は、全身の力が抜けて倒れそうだった。


 どうやら国民はこの島で行われている内容よりも総理大臣が個人的事情で、莫大な資金を投じて島を創り上げたことに対する不満の声を挙げているそうだ。それはもちろん反感を買うであろう。税金を利用したのか⁉️ 勝手すぎる! 国民の意見は最もである。


 これはもう「デマです」なんて誤魔化すことはできないであろう。後ろにいる自分の姉の表情を見るのが怖い。

先ほどの鈴蘭の報告にて、この島の情報を流したのがバイトの二人なのかという疑惑が高まった。


 犯人がまさかあの二人だなんて信じたくない。いや、犯人って言い方がおかしい。誰が正義なのか悪なのかよくわからない。


「薊、食堂へ行くわよ」



 食堂へたどり着いた薊は気がおかしくなりそうだった。この光景をどう表現したらよいのか。

 渡倉真心と石塚晋也が手を後ろで縛られた状態でひざまずいていて、周りを黒服たちが囲っていた。


「菫様!」

「菫様!」


 黒服たちは菫が到着すると、まるでヒーローがやってきたかのように目を輝かせた。

 菫はハイヒールの音を立てて二人の前に立った。


「自分のプライベートルームに他の人を入れてはならない。というルールはご存知だったわね?」


 石塚晋也は下を向いている。渡倉真心は上を向いた。


「すみません、私が気分が悪くなって休んでいて、石塚さんは心配して来てくださっただけで……」

「へえ……身の上ばなしもしていたようだけど」


 菫が一冊のメモ帳をちらつかせた。すると石塚が顔をあげた。


「すみません、お茶を入れるだけのつもりがつい……」

「本当かしら……」


 その時、食堂の入口に息を切らして向日葵が走ってきた。


「菫様、ありました!」


 手に持っていたのは古い型のスマートフォンである。石塚がそれを見て顔を青くした。


「石塚晋也の持っていたボストンバックの中から発見しました」

「それは、じいちゃんの形見で……」


 まさか、と薊は思う。この二人が島の情報を流したのだろうか。


「この島に来た時にスマートフォン及び、モバイル機器はすべて預けることになっているはずなのに、どうしてこれを出さなかったのかしら」


 菫が石塚の方に顔を近づける。


「菫様、危ないです。あまりお近づきにならないでください」


 ボディーガードがそう言って注意を促す。


「そのスマートフォンは通信できません。十年以上前に解約しているので通信端末ではありません」


 石塚が菫を睨むようにそう言い放つ。


「……確かに電源は入らないようです」

「充電器を隠しているかもしれない。くまなく探して頂戴」

「わかりました」


 石塚が唇を噛んでいる。薊は誰の味方をしていいのかわからず、傍観していたが、少なくとも石塚晋也と渡倉真心からは悪意というものを一切感じたことはない。だが、人を欺くのが犯罪者だ。表の顔と裏の顔を使い分けているのかもしれない。


「あなたたち、水釘の姿を見たくない?」


 突然、菫がそんなことを言い出した。思わず顔を上げる二人。


「知っていた……」


 渡倉真心の手が震えている。どういうことなのか。水釘の姿が見たいかどうか問うということはこの二人は水釘の犯罪の被害者なのだろうか。不思議そうな顔をしていると菫があたりを見渡して


「この二人は水釘に親族を殺されている」


 黒服たちがざわついた。


「だったら、私たちと一緒ではないですか」


 椿がそう発言する。


「椿」


 菫が椿の方を向く。


「は、はいっ」

「水釘をここにつれて来て頂戴。もちろん、警護がいるので鷹も呼んで、あと、桜、睡蓮すいれんも一緒に。必ず武器を所持していくこと」


「わかりました」


 指名された、椿、桜、睡蓮は食堂を出ていった。確か薊が知る限りこの三人は強い。黒服たちは一般女性だが、椿は元警察官、桜は空手で国体に出場、睡蓮はアーチェリーを嗜んでいた。


 沈黙の時間が数分過ぎた。その間、菫は押収したスマートフォンをいじっていた。


「充電器はどこにあるのかしら?」


 石塚を見下げて話す菫は、明らかに彼が犯人だと決めつけているようだ。

 耐えきれなくなった薊はここで発言する。


「姉様、いま本島の方で情報漏洩した者を捜索中です」


 何を考えているのだろうか、自分の姉なのに表情が読めない。怒っているのか焦っているのか、余裕綽々なのか。


 しばらくすると、担架に乗せられた水釘那央斗が食堂に到着した。


「見なさい」


 渡倉と石塚は絶句している。無理もない。極悪の水釘の日々の拷問は他の囚人よりもハードだ。関節の外れた手足がおかしな方向に曲がり、右目には眼帯、服はボロボロで擦り切れており、足も手も爪はすべてはがされて、歯も殆ど抜かれている。


「あなたたちの大切な親族を殺した人よ」


 医師の薊ですら言葉を失ってしまう彼の有り様は、二人の目にどう写っているのだろうか。その時だった。


「楽しいですか?」


 声を発したのは渡倉真心の方だった。下を向いている。


「なんですって?」

「こんなことして楽しいですか?」


 食堂が静まりかえる。


「オレたちはこんなことを望んでいない」


 石塚も続いた。強い、この状況で発言できる若者二人は薊が思っていたより心の強い者たちなのか。


「あなたたちは彼が憎いでしょう?」


 菫の質問に石塚が顔を上げた。


「確かに憎いよ。オレの大事なじいちゃんを意味もなく殺して、憎くて仕方ないよ。でも……。こんな形は望んでいない!」


 言い放った彼の強い眼差しに薊は感動してしまった。しかし、感動したのは薊だけで、黒服たちの猛反発が始まる。


「菫様に口答えするっていうの⁉️」

「菫様はあなたたちのためにやっているのよ!」

「身の程を知りなさい!」


 ザワザワする中、薊はチラリと鷹を一瞥すると鷹も薊を見た。目が合うとお互い言いたいことがわかった。


 そのときだった。「菫様、見つけました!」

 食堂の入口に現れた杜若かきつばたが白い充電器をかざす。


「ほら、やっぱり犯人はあなたじゃない!」

「裏切り者!」


 なんと、ただ充電器を持っていたというだけで犯人と特定するのはおかしい。今の時代は、スマホもワイヤレスで充電できるが型の古いスマホはコードを差し込んで充電する。


「貸して頂戴」


 菫がその充電器をコンセントに挿して、スマホに挿すと充電のランプがついた。


「裏切り者!」

「裏切り者!」


 充電がついたら犯人なのか。呆れた薊ではあるが、もしかしたら本当に石塚が世間にこの島のことをバラしたのだろうか。


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