四十四、人質
シャワー室は囚人棟の一階奥にある。咲苗と明日花は囚人棟へ連行された後、見張られながら体や髪を洗っていた。ボディーソープやシャンプーなどはない。固形石鹸があるのみで髪もそれで洗うので、キシキシになる。いや最早、キシキシになる髪も殆どない。
汗や皮脂を流すとさっぱりして、タオルで体をふいていると、見張りの黒服の女の無線が鳴った。
「なんだって⁉️」
無線の内容はよく聞こえなかった。脱衣所のカゴの中には囚人服ではない、この島に来た時に着用していた服が用意されていた。とはいっても元々受刑者なので、質素なグレイの作業服である。明日花はずっと同じ服を着た状態だったので、着替えたいのではないかと思ったが、仕方あるまい。しかし、次の瞬間銃声が鳴り響いた。
「くそっ、お前たちここにいるんだぞ!」
突然見張りの黒服がシャワー室から出ていって呆然としてしまう。何があったのか。
「何かあったのかな……」
不安そうな明日花を咲苗はそっと抱きしめた。
「大丈夫。もう何があっても離れないから……」
「うん……」
その時だった。もう一発の銃声が聞こえた。いやな予感しかしない。二人は急いで服を着て、脱衣所の隅で静かに身構えていた。しかし、それは僅かな時間だった。突然ドアが蹴破られて、女が一人入ってきた。体の震えが止まらない咲苗は、明日花を後ろに隠す。しかし、すぐに見つかってしまう。
「見つけた」
二十代ほどの若い女だった。どこかで見た気もしなくない。いや、気のせいだろうか。
女は赤く染まった包丁を持っていて、ポタポタと赤黒いものが雫となって垂れている。ああ、終わりか、でも娘だけはなんとしても護らなければ。
「三方咲苗、ついて来い」
名指しで呼ばれた咲苗は震える足のまま女の前に立った。よかった明日花がターゲットではない。
「母さん!」
「大丈夫だからそこにいて」
振り向いて精一杯の笑顔を作ったつもりだが、顔は笑っていただろうか。
脱衣所を出て、廊下を進むと赤い血痕が続いている。
「人質になってもらう」
シャワーを浴びて、一晩眠ればどんな形であろうが本島に帰ることができると思っていた。それすら許されないのか。運命のいたずらはどこまで続くのか。