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四十六、治療

四十六、治療


 囚人棟の二階の廊下に座間は倒れていた。おびただしい量の血液が流れているのを見て薊は焦る。手を掴んで脈をとり、口もとに耳をあててみる。生きている。微かだが呼吸をしている。


「輸血が必要だわ」


 姉の薊も元医学部で、知識はある。


「輸血用血液を使うの? 囚人なんだから死んでもいいわ。勿体ない」


 薊は耳を疑った。姉の指示でこの島は成り立ったのだ。囚人は自殺以外の方法で殺してはいけないというルールを決めたのは姉なのに、ここに来て囚人を見捨てるのだろうか。


 この島の建設に携わったのは、日本を牛耳っている建設会社、小北沢こきたざわ建設である。小北沢社長、副社長、設計士数人、そして菫と薊が会議に参加した。


 姉は建築については詳しくない。無茶な要望を言う総理大臣に頭を抱えながらも小北沢は施設の設計図を創り上げていった。

医務室にある隠し扉の向こうには血清や輸血用血液が保管されている。この時代、血液は常温保存できて、どの血液型にも対応できる輸血用血液を使用するのが常だ。

常備しているのは、六千ミリリットル。


「こいつはもう無理よ」


 一国の総理大臣が「こいつ」なんて言葉を使わない方がいい。とそんな注意をしている場合ではない。


「姉様は無線で連絡していた鮫を探して頂戴。私はオペの準備をしたいから」

「血液はここの従業員のために使うのでしょう?」


 あくまで目の前で瀕死の状態の座間には使わないでほしいようだ。


「医師として瀕死の患者を見殺しにはできない」


 極力姉に対しては反発しないようにしていた薊だが、目の前の患者を助けるのが医師の仕事で間違いない。と思う。


「仕方ないわね。血の斑点が廊下の先まで続いているわ」


 菫は、薊の言うことを素直に聞き入れることにしたのか、辺りを見渡している。

 その時だった。遅れて到着した鷹が姿を表した。


「お供します」


 鷹の姿を見た薊はほっとした。


「頼もしいわ。鷹、姉様と一緒に鮫、および鰐を探して」


 そう言い残すと薊は渡り廊下へと続くエレベーターのボタンを押した。輸血用血液は職員棟の医務室にしかない。


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