目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

四十七、どちらが好き

四十七、どちらが好き


 鷹はこんな形で菫と一緒に行動することになると思わなかった。とはいってもボディーガード二人がついているので二人きりではない。ボディーガードの二人はスタンガンを手にしている。


「菫様、お気をつけ下さい。どこから敵が現れるかわかりません」

「そうね……」


 鮫と鰐はどこにいるのか。先程職員棟では繋がっていた無線からの返事はなくなっていた。足音を立てないようにゆっくりと廊下を進む。囚人棟の二階から下へ降りる階段に誰かがいた。鰐だった。


「鰐!」


 鰐は右腕を負傷しているが、傷が深いのかおびただしい量の血が辺り一面を赤く染めていた。


「た、か……」


 苦しそうに話す鰐はかろうじて意識があるようだ。


「鮫はどうした⁉️」


 鷹が問うと、鰐が左手の人差し指を下にさす。


「すまない鰐、少しだけ待っていてくれ」


 鷹はゆっくりと階段をおりていく。後に菫も続いた。


「菫様、やはりここは危険です。職員棟へお戻り下さい」

「平気よ」

「菫様、戻りましょう」


 ボディーガードの女性もそう促すが、聞く耳をもたない。

 この状況でいったい何が平気なのかと言いたいが、ついてくるというならば仕方がない。階段の踊り場から一階に向かって進むと、そこに鮫がいた。やはり傷を負っている。


「鮫、大丈夫か⁉️」


 鮫はあちこちに切り傷がある。その目は閉じていて、ぐったりしているが、胸の辺りが大きく膨らんだりへこんだりしていたので、息をしているのは一目でわかった。


「た……か……?」


 一瞬、目を開けた鮫は口から血を吐いた。


「無理するな。何もしゃべらなくていい」


 鷹は無線で薊に二人の居場所を教えた。

 囚人棟は簡素な内装で、隠れるようなところはどこにもない。一階のタイル張りの床には血痕がさらに続いている。だんだん血痕は少なくなってはいるが、シャワー室へと繋がっていた。


「虎、甲……どこにいる?」


 二人に無線で連絡するが返事がない。嫌な予感がした。まさかとは思うが拷問組のうち無事なのは自分ひとりなのかと鷹は息を呑んだ。


「菫様、危ないです。下がっていてください」


 シャワー室のドアノブをゆっくりとまわす。鍵は開いている。ギイィ……蝶番ちょうつがいが油を切らした音を鳴らす。ゆっくりと扉を開けた鷹は驚愕した。


 仙台がいることは想定していた。しかし、仙台の前にしゃがみこんでいるのは咲苗だった。


「おー、予想通り来たな」


 仙台は暗赤色に光る包丁を手にしている。


「なぜ……」

「ちょうどいいや、お姫様が二人揃った」


 ニヤリと笑う仙台。お姫様とは……菫と咲苗のことなのか。


「鷹さん。あなたは高松菫と三方咲苗、どっちが好きか答えなさい」


 突然敬語でしかもフルネームで二人を呼んだ仙台。何もかも知っているのか彼女は……、鷹はおののく。


「菫さんよ」

「何かしら」

「勇気あるねぇ、ここまで来たの褒めてやるよ」


 仙台はニヤリと笑って、白い歯を見せた。食堂で調理中に着用している割烹着のままの仙台が手に包丁を握りしめる。白い割烹着に赤い絵の具をふりまいたようだ。身長は百七十近いので菫とほぼ目線は一緒で、顔はよく見ると割と整っている。今まで調理場の中にいるだけだった彼女をまじまじと見たことがなかった鷹だが、ただのバイトだとしか思っていなかった。一般人。それ以上の情報はない。


「鷹、質問に答えろよ」


 さっきは敬語だったのにいきなりこの口調。


「答えられない」

「優柔不断な男だなぁ」


 仙台が苛立ったように地団駄を踏む。

 彼女の足元にいる咲苗が潤んだ目で鷹を見つめる。


「今、その質問は必要か?」


 鷹の返事にプッと吹き出す仙台。


「必要だね。私は今こいつ、三方咲苗を人質にとった。お前が三方咲苗の方が好きだと言うなら人質解放してやる。だが、菫サンが好きだと言うならこいつは殺す」


 鷹は唖然とする。


「何のためにそんなことをしているんだ? お前にとって三方咲苗は恨むべき相手なのか?」

「別に三方咲苗に恨みはないよ。だからさっさと解放してやりたい。私が恨んでいるのはそこのオバサン」


 仙台が菫の方に包丁を突き出した。


「何ゆえに?」

「まぁ一番恨んでいるのは座間だよ。見りゃわかんだろ。あいつは私の大切な人を殺した」


 鷹は隣にいる菫の表情を見ることができなかったが、菫がポツリと「座間祐滋ざま ゆうじ……」とつぶやいた。


「さすが菫サン、知っているんだな。だから私をここの従業員として雇った。

 座間祐滋とは、座間京滋、つまり兄に殺された弟のことだ」


 ボディーガード二人が菫の前に出る。


「弟と私の関係を知っているなんて、怖いオバサンだねぇ。ありとあらゆる事件の被害者遺族にこの島のバイトを紹介してしまった。それがお前の間違いだ。ま、結局のところ時給三万なんて怪しいバイトに応募したのはたった三名だったみたいだけど」


 仙台の軽侮な態度に菫がどんな表情をしているのか、鷹はやはり怖くて見ることができない。


「私はどうしてあなたに恨まれているのかしら?」


 菫が言い返した。


「おい、お前ら」


 質問を遮るように、仙台は左右に目線を送った。


「そこのスーツの二人、外へ出ろ」


 スーツの二人とは、ボディーガードの二人のことか。


「それはなりません。総理になにかあっては」

「そうです。私たちは命がけで総理を御守りいたします」


 すると仙台が唾を吐いた。


「けっ、物わかりの悪い奴らだなぁ。私は余計な殺傷はしたくないんだよ。さっきのガタイのいい男たちもさ、切りつけるつもりなんてなかったのに襲ってくるからいけないんだ」

「鮫と鰐のことか」

「そうだ。今必要なのは、三人だけ。鷹、総理、三方咲苗」

「わかったわ。席を外して頂戴」


 菫の言葉に反発する二人。しかし、結局のところ総理の命令には逆らえないようで、シャワー室から渋々出ていった。


「さあ、戯言は終わりだ。早く選べ、鷹」

「何のために」

「わからないなら、とんだバカだ」


 胸糞が悪い。しかし、答えない限り進展しなさそうだ。鷹は目をつむった。


「好きなのは……」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?