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第34話 忠義者への名付け


 それからしばらく、ティエラによるタネイモ講座を興味深く聴いていたときである。

 俺の元に一羽の鳥が舞い降りてきた。

 この地に棲息しているものではない。全身が輝き、目鼻のないシルエットだけの白い鳥。


「これ、精霊……ですか? 精霊術なんて学校でもほとんど見たことないです。でも、いったい誰の精霊なんでしょう?」


 鳥を構成する魔力に気付いたティエラが、物珍しそうに手を伸ばす。

 俺は精霊を放った人間が誰かわかっていた。


 世捨て人となった元勇者、ガルトーからの返事が来たのだ。

 俺が手を差し出すと、精霊鳥は手のひらに降り立つ。そのまま光の粒を散らして霧散した。一通の手紙が手に残る。


「これはガルトーが寄越した精霊だ。紅の大地に住んでいる変わり者の精霊使いでな。以前から交流がある。城の物資のいくつかは、ガルトーから仕入れたんだ。ただ、こうして事前のやり取りをしないと、俺でも会ってくれない。面倒くさい男だよ」

「え!? ガルトーさんって方、紅の大地に住んでいらっしゃるんですか!? おひとりで!?」

「奴は人嫌いなんだ。紅の大地で問題なく暮らしているのは、さすが元勇者といったところか」

「ええっ!? ゆ、勇者!?」


 そんなに驚くことかと思ったが、よく考えたら人間社会では勇者の存在はレアなのだ。ティエラにとっては驚きの事実なのだろう。

 俺にとっては、毎回俺を倒しにやってくる厄介な人種程度の認識だが。むしろティエラのような一般人の方が俺にとっては珍しい。


 ちなみにフィアは奴と喋ったことがないはずだ。物資絡みでガルトーの名前くらいは聞いているだろうが。


 精霊鳥が運んできた手紙を読む。300年ここを統べていれば、人間の文字くらいは読めるようになる。

 文字を追ううち、俺は眉をひそめた。


「『相談したいことがあり、直接ねぐらまで来て欲しい』だと? ……ふむ。ガルトーの奴、珍しいことを言ってくる。人嫌いのあいつが『相談』とは」

「困っている人を助けるのは大切なことだと思います、ヴェルグさん」


 人の良いティエラが目を輝かせる。


「それに、ガルトーさんは勇者だった方なんですよね? 私、お会いしてみたいです」

「そんないいものじゃないわよ、ティエラ。ただのモサいおっさんだから」


 なぜかガルトーのことを冷たくディスるフィア。良く表情を観察すると、少しだけ頬を膨らませていた。どうやらティエラがガルトーに興味津々なのが気に入らないらしい。

 子どもか。


 俺は彼女たちの顔を見渡した。

 今後、領地再建計画を進めていくにあたり、何かとガルトーの協力は必要になってくるだろう。彼女らとも顔合わせしておくに越したことはない。


(それに、城を空けている間に万が一襲撃があったら、ティエラでは対処できない。一緒に行動しておく方が安全だ)


「よし、お前たち。せっかくなら一緒にガルトーの居住地へ向かおうか。顔合わせだ」

「わあ! 楽しみです!」

「なぜヴェルグ様が足を運ばれるのか……。相談事があるなら向こうから来ればいいのに」


 はしゃぐティエラにグチグチ呟くフィア。


 俺は近くに控える馬を手招きした。馬は素直に寄ってくる。

「では、この馬に乗っていこう」

「綺麗な馬ですよね。かわいい」


 上機嫌なティエラが馬に近づく。

 すると何故か、馬はティエラに軽く威嚇をした。尻尾を振り、前足で地面を掻いている。

 ティエラが一転して涙目になった。


「嫌われてしまいました……」

「まったく無礼な。馬の分際で」


 妹分がないがしろにされたことに腹を立て、フィアが馬を睨む。すると対抗心を剥き出しにして馬も耳を絞って睨み返した。


 あからさまな反応の違いに戸惑いながら、俺は馬の首筋を撫でる。するとスッと大人しくなった。

 ティエラが遠慮がちに言う。


「なんか……ヴェルグさんにだけ懐いてません? この子」

「私にはわかります。この生き物、ヴェルグ様に色目を使っているのです。まったくけしからんことです」

「男好きのお馬さん……?」

「おい。内輪揉めはよしてくれ」


 引き気味の女性陣に俺は呆れた。大暴走スタンピードが現実になる前から火種を増やさないで欲しい。

 気を取り直し、提案する。


「順番が後回しになったが、お前たちに相談しようと思っていた。この馬の名前だ。何と名付けようか」


 ティエラとフィアが顔を見合わせる。

 最初にティエラが手を挙げた。


「パカパカ君がいいと思います」

「ティエラ。この馬はメスですよ」


 フィアが冷静にツッコむ。俺は正直、そこじゃないと思った。


「え? むしろ可愛くないですか? パカパカ君」


 どうやらティエラの中では可愛いかどうかが名付けの重要なポイントらしい。かわいい……のか? パカパカ君。


 今度はフィアが手を挙げる。ティエラと違い、こちらは自信たっぷりに胸を張って答えた。


「フェルマータ・フルール・ラ・グレイス」

「なんだって?」

「フェルマータ・フルール・ラ・グレイスです、ヴェルグ様。この無礼な馬にはもったいないくらい、高貴さに溢れる名称でしょう。ヴェルグ様に仕える馬ならば、このくらいの品格は備えてもらわないと」


 ふふん、と鼻を鳴らすフィア。こっちはこっちで、品格を重視ときたか。

 ティエラが目を輝かせながら手を合わせた。


「マタグレちゃんですね!」

「ティエラ。なぜそこで区切って繋げるのです?」


 フィアが表情を消す。ティエラはきょとんとしていた。こいつ、純粋に賞賛している分たちが悪い。

 ため息をつき、俺は隣を見た。


「おい、お前はどちらの案がいいと――ってまあ、そうだよな」


 馬、そっぽを向いている。どうやらティエラの案もフィアの案も、どちらもお気に召さないらしい。耳をまた絞ってるから、そこそこ怒ってるのかもしれない。


 結局こうなるか。


「仕方ない。それでは――『アム』というのはどうだ」

「アムちゃん?」

「いつだったか聖女に聞いた。『愛』という意味だそうだ」

「ヴェルグ様。それはまた……意外な名付けでございますね」


 フィアが遠慮がちに言う。俺は口元を緩めた。


「俺がこれから学ぶべき概念のひとつだろうと思ってな。この忠義者に背負ってもらうには相応しい名だと考えた」


『愛』は人間が独自に発展させた独特の考え方だと思っている。

 将来、紅の大地が多くの人間たちで賑わうようになったとき、アムの名がその意味と共に広く受け入れられていればよい。そんな願いを込めている。

 あとは単純に呼びやすい。


 馬が近くに寄ってきた。頭を俺の肩にこすりつけてくる。どうやら気に入ってくれたようだ。

 俺はティエラたちを見た。


「お前たち、俺の案で構わないか?」

「アムちゃん。かわいくて良い名前だと思います!」

「……まあ、ヴェルグ様がそうおっしゃるなら」

「よし、決まりだな。今日からお前は『アム』だ。しっかり励め。お前なら期待に応えられると確信している」


 そう言って首筋を撫でると、アムは「任せて」と言わんばかりにいななくのだった。



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