それから改めて、アムに乗りガルトーの元へ向かうことにしたのだが……。
「アムよ」
「ブルル……!」
「そうか、そんなに嫌か……」
アムの反応を見てから俺は振り返る。そこには、半分涙目になって俺を見上げるティエラの姿があった。
ガルトーが住むところまでは、それなりに距離がある。俺やフィアは平気だが、ティエラはそうはいかない。いくら土属性魔法による歩行補助が使えるとしても、ただ顔見せにいくだけでそこまで消耗させる必要はないだろう。
ということで、アムにティエラを乗せようとしたのだが。
「ブルル!」
「アムちゃぁぁん……」
忠義者なアムはかたくなにティエラを乗せようとしなかった。そんなに嫌だったのか、パカパカ君って名付けられそうになったこと。
仕方ないと割り切るのは本日二度目か。
俺はアムの背にひらりと飛び乗った。俺が乗るとアムは大人しい。
馬上からティエラに手を伸ばす。
「ほら、掴まれ」
「ふえ?」
「早く」
促すと、おずおずとティエラが俺の手を取る。俺はぐいと引き上げ、アムの背に乗せた。ちょうど俺が後ろからティエラを抱える状態になる。
ティエラはしばらく静かだった。
「……。……? ……!!??!」
「そんなガチガチだと尻が痛くなるぞ。リラックスして俺に寄りかかれ」
「寄りかかれ!!???!」
混乱した様子のティエラ。俺からは表情が見えないが、耳が赤くなっているのは見て取れた。リラックスしろと言うのに。
手綱を握り、アムを走らせる。
「ひぐっ!? ひ、
「まったく。おいフィア、後で治癒の魔法をかけてやれ」
「……ティエラ、羨ましい子」
俺の右腕は拗ねた表情で隣を飛んでいた。サキュバスの黒い翼を悔しそうにバッサバッサとさせている。
こいつら居たらガルトーは会ってくれない気がしてきた。
――凹凸の目立つ紅の大地の荒野。
俺たちを乗せたアムは、凹凸をものともせず軽快に走り抜けていく。
ティエラがアムの四肢を土属性魔法で保護したからだ。アロガーン姉妹の荷馬車を彼女自身が引っ張っていたときに使った魔法である。
ティエラを嫌っている様子のアムだが、この施しには感謝しているらしい。走っている間は馬上の人間に負担をかけないようにしているのがわかった。さすがの忠義者ぶりである。
目的地に到着するまでの間、俺はティエラにガルトーのことを改めて説明した。
「ガルトーは勇者パーティのひとりとして、俺に挑んできた。50年ほど前だったか」
「50年!? じゃあ、もう結構なお歳の方なんですね。それなのに紅の大地にひとりで暮らしているなんて……」
「問題ない。奴はエルフだからな。人間よりは長命なんだ。正確にはハーフエルフだが」
「ハーフエルフで、勇者……そんな方が、どうして人嫌いに?」
「パーティから見捨てられたのだ」
端的な俺の言葉に息を呑むティエラ。
俺は当時のことを思い出しながら語る。
「奴のパーティは確かにそれなりに強かったが、俺に敵うほどではなかった。それまで周りから勇者扱いされて有頂天になっていたんだろうな。俺に歯が立たないと理解するやいなや、ガルトーを囮にして一目散に逃げていったんだ。ご丁寧に、ガルトーが逃走できないように細工して、な」
「ひどい……。どうしてそんなことを」
「わからん。ただ、今思い返してみると、ガルトーへの扱いは最初からおかしかった。『穢らわしいハーフエルフの分際で』とか『デバフ系の魔法しか使えない陰気野郎』とか、他の勇者たちはガルトーを罵っていた。お前と似たような状況さ、ティエラ」
ティエラが俯く。ぎゅっと握り拳を作り、肩に力を入れたのが後ろから見てわかった。
「でも、ガルトーさんは精霊魔法が使えるんですよね。それって凄いことじゃないんですか?」
「力を抑えていたんだろうよ。パーティ内で出しゃばりたくない、また酷い目に遭わされる――そんなところだろう。そういうところもお前に似ているな」
「だから、ヴェルグさんは助けたんですか? ガルトーさんを」
こちらを振り返って見上げてくるティエラ。俺は肩をすくめた。
「今ほど俺は寛容じゃない。だが、奴は他の勇者と違うところがあった。取り残された奴は言ったよ。『これで奴らへの恩は返した』とな。裏切られて人嫌いになるのは理解できる。だが、それでも義理を果たそうとする姿に俺は興味を持った。だから、奴の希望を叶えることにしたんだ。人間と交わらない、世棄て人の人生を送らせてくれという願いだ。北東に良さそうな洞窟があったから、そこに住まわせたんだよ」
「なるほど……」
「人間社会に戻れば迫害されるのは目に見えている。入口は俺が直々に特殊な結界を施した。余所者を遠ざける結界だ。加えて、手紙で事前のやり取りをしなければ結界を解除しないし、会うこともしないと取り決めたのだ」
「それって、悲しいですね……」
「世棄て人を選んだのはガルトーだ。俺たちがどうこう言えるものではなかろう。ただ」
俺は言葉を切る。
「そんなガルトーだからこそ、『相談がある』とわざわざ言って寄越したことが腑に落ちん。いったい何があったのか」
それは会ってみなければわらかないだろう。
以前なら厄介ごとは自分で解決しろと突き放しただろうが、今の俺は紅の大地全体の復興を目指している。
ガルトーも我が領地の住人には変わりないのだ。
問題の解決に動くのは、領主としての務めであろう。
「見えてきたぞ。あの岩場地帯だ」
そうこうしているうちに、目的地へ到着した。
アムが歩調を緩める。
現地に到着して早々、俺は困った事態にぶち当たった。
「まいったな。久しぶりで入口の結界が見つからない」