周辺は似たような岩場ばかりで、目印になるようなものが見当たらない。
しかも、ガルトーは精霊魔法か何かで入口を独自にカモフラージュしているらしい。俺もフィアも、すぐには入口の存在を見抜けそうにない。
「ど、どうするんですか? ヴェルグさん」
「仕方ない。【貪欲鑑定】を使おう」
回数制限がある【貪欲鑑定】を、あまり身内のことで使いたくなかったのだが。
俺は馬から降り、大きく深呼吸した。魔力を放出する。
するとすぐに、あの感覚がやってきた。時間が引き延ばされ、視界がモノクロになる。
『【貪欲鑑定】が発動しました。隠された入口を解放します』
(さすがにこれだけ回数を重ねると、俺が求めている情報を素早く察知してくれるようだな。さて、入口は……)
目を凝らす。
すると、右前方に明るく輝くエリアが現れる。あれが結界だ。その奥に突き立てられた柱には覚えがある。ガルトーの居住地だ。
(扱いにくいところもあるが、やはり便利だな。【貪欲鑑定】――ん?)
【貪欲鑑定】を解除しようとしたとき、俺は別の輝きに気がついた。ガルトーの結界とは反対側、左前方にも、小さいが結界の存在を示す光が見えたのだ。
しかも、ガルトーの結界と違い、入口が鈍い銀色に明滅している。かなり強力な結界なのか、奥を見通せるようになるまでしばらく時間がかかった。
(あんな結界、俺は知らないぞ。前に来たときは何もなかった)
俺が存在を知らず、さらに感知も出来なかった隠し洞窟。
俄然、興味が湧いてくる。
ガルトーが以前言っていた。この辺りは鉱物資源が豊富だと。隠し洞窟の奥には、もしかしたらとんでもない宝が眠っているのかもしれない。
――と、余計な好奇心を抱いたところで【貪欲鑑定】が解除される。まるで俺に小言を言うようなタイミングだ。もしや、聖剣が逐一監視しているのではあるまいな?
【貪欲鑑定】によって結界の存在が暴かれ、その効果を無くす。
「あっ!? ヴェルグさん、岩場がぽっかり開きましたよ! すごい!」
時間が元通りに流れ始めたことで、ティエラの声もしっかり耳に届いた。喜色を浮かべた彼女だが、すぐに困惑顔になる。
「あ、あれ? でも入口がふたつ? ヴェルグさん、どっちが正解なんですか」
「右側のでかい方だ。左側は、俺も知らない。未知の洞窟の入口だ。まったく別の種類の結界が張られていた。おそらくガルトーの奴も知らない洞窟だ」
「なるほど。【貪欲鑑定】の効果ですね」
スキルの効果を知るフィアが得心して頷く。そして、俺にちくりと釘を刺した。
「ヴェルグ様。いくら興味深くても、今はすべきことを優先させてくださいませ」
「わかっている」
ムッとして言い返す。だが正直言うと、大いに興味があった。
以前、ガルトーから鉱物類が送られてきたことがある。この周辺は豊富な鉱物資源が眠っており、日常的に採取しているのだと。
そのガルトーも知らない洞窟なら、どんな資源が眠っているのか。
「ヴェルグ様!?」
「わかっているって」
再度フィアから苦言を呈されたとき、右側の洞窟から人影が現れた。
人間的な見方なら、外見年齢は30代くらい。
長身をやや猫背気味にし、痩せぎすで、長く乱れた黒髪を無造作に垂らしている。目つきは悪く、覇気がない。
初対面なら誰もが『陰気な男』と形容するであろう容姿だ。
この男が元勇者のハーフエルフ、ガルトー・ファトムである。
俺はガルトーに向けて軽く手を挙げた。
「久しいな、ガルトー。新しい結界で閉じこもっているから、最初はわからなかったぞ」
「……謝罪する。ヴェルグ閣下」
ボソボソとした喋り方もこの男の特徴だ。
「……洞窟の奥を探検してて、出迎えるのが遅れた」
「気にするな。会いたいと言ったのは俺の方なんだから。まあ、結界はこちらで勝手に解除させてもらったが。許せ」
「……最近、人間の気配があったから入口の結界を強化したばかりなのに。さすが閣下」
いちおう賞賛しているのだろうが、こいつの口調は賞賛の気持ちを読み取るのが難しい。
だが、それより気になる台詞があった。
人の気配があった?
例の聖風騎士団が、こんなところまで足を伸ばしてきたのだろうか。
「……それより閣下。そちらの人間は?」
ガルトーがティエラを見ながら言う。わずかに眉間に皺を寄せ、少々不機嫌になっている。確かに、彼女の存在を伝えていなかったのは落ち度だった。
「これも許せ。この者の名前はティエラ・フォスザ。つい先日、俺の仲間になった女だ」
「……仲間? ヴェルグ閣下に?」
さらに眉の角度を上げるガルトー。不審に思っているのがありありと伝わってくる。それほど俺に仲間ができたのが信じられぬか。
「ティ、ティエラと申します! よ、よろしくお願いします、ガルトーさん!」
馬上でティエラがぎこちなく頭を下げて挨拶する。アムが「早く降りなさい」と急かすように身体を震わせる。ティエラが慌てて下馬してこけた。
ガルトーは胡散臭そうな表情を崩さない。
するとフィアが、ティエラの胸元に手をやった。はだけた服の隙間から裏切り防止の刻印が刻まれているのを目にして、ようやくガルトーは警戒を解いた。
「……理解した。また人の良い閣下が体よく騙されたのではないかと。……よかった」
「否定はしないが大きなお世話だ」
俺が口を尖らせていると、ガルトーは手招きした。
「……では、中へ。馬が休める場所もある」
そう言って、のそのそと洞窟の中へ先導していく。俺はアムの手綱を引き、フィアがその後に続く。ティエラは最後尾で、物珍しそうに周囲をきょろきょろ見渡していた。なぜか襟の胸元をしっかりと両手で閉じている。
入口から少し歩くと、開けた空間に出る。洞窟内とは思えない明るさだ。天井の裂け目から入り込んでくる外光だけでなく、精霊魔法で明るさを確保しているらしい。
水音が聞こえた。岩の間を透明度の高い清流が流れている。傍らには畑もあった。
水と畑を見たティエラが目を輝かせた。畑に駆け寄ると、土をすくって匂いを嗅いでいる。まるで子どものようなはしゃぎっぷりだ。
「……彼女は、土属性の魔法使いか? 馬の四肢に魔法を施していたのも、彼女で?」
「そうだ。やはりわかるか」
「……はい。よい魔力だなと」
「俺の計画に欠かせない人材だ。だからガルトー、お前も嫌わないでいてやってくれ」
「……嫌ってはいない。ただ、人間が増えるのは厄介、と。閣下の計画を邪魔立てするつもりはない」
ボソボソと、相変わらず陰気な声で弁明するガルトー。
「……その証拠。事前にこちらで準備できるものをまとめておいた。食糧、鉱物、木材、農機具。好きに持って帰って欲しい。数が少なく申し訳ない」
「感謝する。ところでガルトー」
振り返ったハーフエルフに、俺は本題をぶつけた。
「手紙に書いていた『相談したいこと』とは、一体何だ?」