「わあ、すごい……! きらきらがいっぱいだわ!」
入場ゲートを抜けると、そこは眩い程のイルミネーションで飾られた遊園地であった。
食事を終え、『行ってみたい場所があるんです』とマイロが連れてこられたのは、移動遊園地やイルミネーションでにぎわうクリスマスマーケットだった。
マーケット内に生えた木々はクリスマスツリーを模したように飾られて、金銀のテープやオーナメントで飾られている。
クリスマスまでにはまだ数日あるというのに、マーケットには人が溢れかえっていた。
ミラは子どものように目を輝かせるとマイロに向かって無邪気な笑顔を見せていた。
「家のすぐそばでやってるから、一度来てみたかったんです!」
ミラははしゃぎながら大音量のクリスマスメドレーに軽く体を揺らしている。
「まだ昼間とはいえ人が多いですね。はぐれないように気をつけましょう」
ヒューゴがぽつりと呟く。
マーゴットはそれに「そうね」と軽やかに答えると、目立たない服装に着替えたミラに薄いベージュのマフラーを巻きながら言い聞かせていた。
「あまり遅くならないうちに帰りますからね、リズ。軽はずみな行動をしないように」
「はぁい」
「マイロくん、あなたもこの子をリズと呼ぶように。間違えても本名でお呼びしないで。それと、恭しすぎる態度ではなくて、なるべくラフに話しなさい。そうね、“リズ”の事は職場の後輩とでも思って接してちょうだい。とはいえ失礼な言動は控えるように」
ミラたちはお忍びで街を探索する際は、本名を使わず偽名で呼び合うようにしている。
もちろん身バレしないように変装もするし、言葉遣いもその場に合ったものへと変えるのだ。
マイロもそれがミラを守るために必要な演技だと理解すると深く頷いた。
ミラはマフラーをリボン型に巻いてもらうとマーゴットに「ありがとう」とほほ笑んだ。
そしてマイロの方へ駆け足でやってくると、少しもじもじしたあと、ぎこちなく彼を誘う。
「い、行きましょうか? マ、マイロさん」
「そ、そうですね。リズさん」
そうして2人は虹色に輝くイルミネーションのアーチをくぐる。
それを抜けると、移動遊園地とは思えない規模のジェットコースターや観覧車がマイロたちを待ち受けていた。
(クリスマスマーケット……それはデートの定番スポット!)
ミラは静かに意気込んでいた。
大学にマイロが潜入してきたことについては驚いたし、本当は警備の不備を問われる大問題だっただろうけれど、おかげで今日は彼とランチの約束をこぎつけることができた。
今日このチャンスを逃すわけにはいかない。ミラはランチの会話の為のネタをいくつも考えておいたし、クリスマスマーケットのデートのために入念に計画を立てた。
(今日はいっぱい楽しんじゃうんだから!)
時計はまだ午後3時ほどだったが、日は暮れ始めており、辺りは薄暗くなり始めていた。
そこら中に設置されたイルミネーションは夜が更けるたびに美しさを増すはずだ。
マイロだって光の芸術品の美しさに目を奪われるだろうし、クリスマスマーケット独特の暖かな装飾品に心が癒されるだろう。
(クリスマスマーケットは初めて来たけど、とても素晴らしいわ。きっと話も尽きないはずだし、マイロも楽しんでくれるはずよ)
横を振り向くと狙い通り、光の装飾品に目を奪われているマイロが黒い瞳に光をたっぷりと受けながらその景色を楽しんでいた。
彼は思わず自分の腹の上あたりに手を伸ばし、その次はポケットに手を伸ばした。
だが、「そうだった」と呟くと名残惜しそうに行き場のない手を下ろした。
恐らく没収されたカメラを探していたのだろう。
(……カメラを没収しないといけないのは心苦しいけど、ごめんなさい。そうじゃないとマーゴットの許可が下りなかったんだもの)
ミラはマイロの好きなことを奪うことに心苦しさを感じてはいたが、それを補うための作戦を準備していた。
サプライズ、というわけではないが、この作戦が上手くいけばきっと距離が近くなるはずだ。
ミラは早くとっておきの作戦をマイロに披露したくてうずうずしていた。
「ひめ、いやリズさん。あっち行きませんか? 屋台があるんですって」
「! はい!(マイロが話しかけてくれた!)」
マイロからの誘いにミラは心が躍りそうだった。ミラは花が咲くような笑顔を見せるとすぐにマイロの誘いに乗る。
「そ、そっちのお兄さんも、一緒に行きませんか?」
「え? 俺ですか?」
だがマイロはなぜかヒューゴにも声をかける。ヒューゴは困惑した表情を見せ、モーヴにも「なぜ?」と疑問を投げかけるような目線を送ったが、そのまま同席した。
*
(なんなのよ! なんなのよ! なんなのよ!)
1時間後、ミラは苛立っていた。
最初は偶々だろうと思っていたが、マイロを遊びに誘ってもマイロは必ずヒューゴを一緒に誘ってしまう。
マイロはやけにヒューゴとミラを隣同士にいさせようとしたし、ミラがどんなに話を振ったって「ヒューゴさんはどうなんすか?」とヒューゴにパスをしてしまう。
当然ヒューゴは護衛の為常に傍にいる必要があるのだが、今日はマイロとのお忍びデートなのだ。
ヒューゴは恋愛という意味では全くお呼びではない。
(せっかくマイロとのデートなのに、どうしてマイロはいつもヒューゴを呼ぶの?)
グリューワインを飲もうとしてもマイロとの間にヒューゴが挟まる。
お菓子を選ぼうとしてもマイロはヒューゴを挟もうとする。
ミラがどんなに頑張ってマイロとコミュニケーションを取ろうとしても、彼がヒューゴというバリアを張っているような気がしていた。
(……私に興味なんて無いのかしら)
そう思うと、ミラはとても悲しい気持ちになるのだった。
恋多き人々はこういう時「脈がない」と表現するらしい。
(上手に言うわね。だって、マイロの視線や言葉すべてが、とても冷たいものに感じるんだもの)
精いっぱいおしゃれして、食事もマイロの好みに合うものを考えて、どんなお喋りをするのかプランも練り、クリスマスマーケットのことだってたくさん調べてまとめたのに、もしこれがただ空回りだったのならばミラは今すぐ泣き出したい気持ちでいっぱいだった。
(なんでこの2人、全然会話しないんだ?)
同時にヒューゴもヒューゴで、居心地の悪さに苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
(勘弁してくれ。なんで俺が毎回呼ばれるんだ。俺が見たいのはミラ様とこのパパラッチが楽しそうに過ごしている場面なんだよ)
ヒューゴは人の恋バナが大好きだ。
恋愛リアリティーショーは片っ端から見ているし、ミラからの恋愛相談にもヒューゴは一切嫌がらずむしろ喜んで乗っている。
今日だってミラがやっと憧れの人とデートができることを心底喜んでいたのだ。
だというのにマイロの行動は理解不能だ。ミラの隣に行こうともしない。
ミラがどんどん落ち込んでしまっていることが手に取るように分かっていたし、マイロもマイロで焦るような表情を浮かべている。
(あのパパラッチ、俺を盾にして何がしたいんだ。せっかくミラ様が何度も勇気を出してお誘いしてるのに!)
もしこれがプライベートな友人なのであれば、はぐれたフリをして2人きりにしてしまうだろう。しかしミラを守るために2人からは離れるわけにはいかない。
(姫さんずいぶん緊張してるんだな。俺は何度もこの男と2人きりにしてあげようとしてるのに)
マイロはマイロでミラとヒューゴの距離が縮まらないことを不思議に感じていた。
(人と人をくっつけるのって難しいな……)
(死にかけの魚みたいな目で俺たちを熱心に見るんじゃないぞ、マイロ・ガルシア! いったい何を考えてるんだ)
このままではだめだと思ったヒューゴは焦りながら周りをぐるりと見渡した。
そしてイルミネーションで飾られた移動遊園地の中にひときわ目立つものを発見すると、大げさに「あ!」と叫んでみんなの目線を奪った。