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第9話 さっきから見せるこの顔は何なんだろう 4/5

「俺、あれに乗りたいナァ!」


 棒読みで叫んだヒューゴは一直線に人込みをかき分けながら走り抜けていった。

 ミラたちは突拍子のないヒューゴの行動に驚きの顔を見せたが、モーヴだけが(お兄ちゃんはやっぱり姫の味方だよねぇ~)と、ヒューゴの思惑を正確に見抜いた。


「みんな~ついていきましょ~」


 モーヴはミラたちの背中を押すと半ば強制的にヒューゴのあとを追いかけた。


 幸いにもそのアトラクションは待ち時間もなく、すぐに乗り込むことができそうだった。

 ヒューゴはアトラクションのスタッフへ5人分のチケットを渡すと、スタッフは笑顔で全員を扉の内側へと招待した。


「まぁ、これって……」


 クリスマスマーケットの移動遊園地の名物の1つ、回転ブランコであった。

 それは移動遊園地のクオリティとは思えない本格的なものだ。最高到達点は50mを超え、ブランコも30名以上の人間が乗車し、一度に楽しむことができる。

 蛍光色に光るイルミネーションで彩られた回転ブランコは2人用のブランコをいくつもぶら下げていた。


「申し訳ないのですが、俺、ガタイが良いので一人で座ります! 何故ならすっごくガタイが良いので! 人がいたら狭くってしんどいので!」


 ヒューゴはわざとらしく声を荒げながら宣言すると、先に座ってさっさと安全バーを下ろしてしまった。

 マーゴットは部下の勝手な行動を注意しようとするが、モーヴはマーゴットの腕をがっしりと掴み、猫なで声のようなわざとらしい高音でマーゴットに話しかける。


「マーゴット先輩~、私~高所恐怖症なんです~一緒に座りましょ~」

「……あなた高層マンションの上の方に住んでるじゃない……」

「え~そうですっけ~」


 マーゴットはため息をつくと「手出したら殺す」とでも言わんばかりの目力でマイロを睨みながら、ヒューゴの後ろの席をさらに1つ空けて座った。


「え?」


 マイロは動揺していた。

 なぜ、俺が姫さんと2人で乗る流れになっているのだろう。俺は今日流れで遊びに連れてこられただけで――横にいるこの人は姫なのに、と。


 従者3人が姫をほっぽってばらばらに座ってしまった。普通ならありえないことだ。

 遊園地に来て浮かれてしまったのだろうか。いや流石にそれはないだろうと思いつつ、マイロはヒューゴと席を交換してもらおうと思い足を前に踏み出しかけていた。


「ま、待って!」


 だがミラがそれを引き留めた。

 マイロは驚いてぴたりと足を止めると、回転ブランコのイルミネーションの光を受けながら振り返る。

 振り向いた先ではミラが上目遣いでマイロを見つめていた。

 だが自信なさげに目は泳いでいるし、手はそわそわとしていて落ち着きがない。


(これは、ヒューゴがチャンスをくれたんだわ。だったら頑張るしかないじゃない)


 ミラの身体は緊張で汗ばんでいた。


「しょ、しょうがないじゃないですか。ヒューゴは広々乗りたくて、モーヴは女の人とじゃないと手が繋げないんです。で、ですから、い、一緒に座りましょう!」

「いや、でも」


 それでもマイロは一般人である自分が姫であるミラの隣に座ること、また、ヒューゴとの関係性を探りたいこともあってその提案を拒みかけた。


(2人で乗るわけにはいかないだろ。俺は一般人で、この人は姫さんで、別の男が好きなんだし――)

「一緒に乗りましょう!」


 だがミラも頑なだった。

 真っ赤になった顔には不安と恥ずかしさが入り交ざっており、今すぐにも泣き出しそうなほどだった。

 マイロはぎょっとしたけれど、すぐに何も言えなくなった。


「わ、私じゃだめですか?」


 彼女の顔は真っ赤に染まっていて全く余裕がなさそうに見える。

 なぜ、彼女がそのような状況に陥っているのかマイロには分からなかったけれど、


「……わかりました。乗りましょ。リズさん」


 と言って、ミラの隣に座ることを選んだ。


 *


 マイロはあまり動じた様子を見せず静かにしていたが、内心では若干の居心地の悪さを感じていた。


(なんで俺こんな状況になってるんだろう)


 回転ブランコの安全バーが下ろされ、2人は無言で出発の瞬間を待っていた。狭いブランコのせいで肩同士が触れ合っているのも気まずい。


 ミラは念願の回転ブランコのはずなのに顔を手で覆い隠しており、マイロの方を一切見ようとしなかった。


(な、なんであんなに駄々っ子しちゃったんだろう。恥ずかしい、私もう成人してるのに)

(姫さん、あんな必死になるほど回転ブランコが好きなんだな……)

(気まずいけど、頑張ってお話ししなくっちゃ。ヒューゴたちが作ってくれたチャンスなんだから)


 ミラは気を取り直して深呼吸すると、安全バーを握りながらマイロに話しかける。


「と、ところでこのブランコってどうやって遊ぶんですか? 座ったまま漕げばいいのかしら?」


 マイロは「え?」と言葉を返したが、ミラはそのままいつものおっとりした口調で話し続ける。


「私、今日はスカートだから立ち漕ぎはできないけど、子供の時はブランコ得意だったんですよ!」

「リズさん、回転ブランコ初めてですか?」

「はい! ブランコなんて子供の時以来だから楽しみ!」


 ミラが満面の笑みを見せたと同時に、プルルルル、と回転ブランコが始まるブザー音が鳴った。

 マイロは「あー」と困ったような声を出したが、時すでに遅し。もう降りることはできない。


「これ結構怖いやつですよ」

「え?」


 ミラがキョトンと首を傾げた瞬間に、ブランコが地面からゆっくりと釣り上がった。

 地べたから靴底が離れて乗客が全員宙に浮くと、スタッフが陽気な声で「いってらっしゃーい!」と笑顔で手を振っている。


「え? なんで私浮いたの? え?」

「リズさん、全然気付いてなかったんですね。これ、回転ブランコなんで……」


 ブランコはあっという間に逃げ出せない高さまで登っていき、徐々に回転がかかっていく。

 マイロたちの体は少しずつ斜めになって、遠心力を感じ始めていた。


「こうやって……」

「ちょ、ちょっと!」

「徐々に……」

「マ、マイロ!!」

「回り始めるんですうううううう!!」

「いやあああああああああああ!!!!」


 風が一気にミラとマイロの顔を撫で、ミラの叫び声が宙に溶けていった。

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