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第10話 同じ星を見ていてほしい 1/2

 アレックス・オスカー・アシュフォードとミラ・エリザベス・マーガレットは同い年の幼馴染だ。

 まだ赤ん坊のころから顔を合わせており、幼稚園から高等学校まですべて同じ学び舎で過ごした仲である。

 そしてジャーナリストとしては見過ごせない一番の理由があった。


(こいつ、姫さんの婚約者候補だ! しかも、有力候補者NO.1!)


 アレックスはミラの婚約相手の候補として必ず名前が上がるほどの有名人である。

 マイロはアレックスのニュースは最低限しか追ってはいないが、弱冠二十歳の大学生だというのにすでに十分すぎるくらいの輝かしい経歴の持ち主であることくらいは知っていた。


(姫さんの幼馴染アレックス・オスカー・アシュフォード。学生ながら会社を設立させ年商億以上稼いでる実力者で、20年後にはこの国の経済を牛耳るだろうと噂される男だ)


 マイロは一筋の冷や汗をかいていた。

 現代では身分制度の重要性が薄れているとはいえ、王女と一般市民が同席しているのだ。彼のように高貴な身分の人間からすると不愉快で仕方がないはずだ。


 アレックスの翠眼がマイロを睨み続ける。

 マイロは思わず目を背けて、傍にいた従者の誰かに助けを求めようとしていた。


「アレックスお久しぶりね。こんなところで何をしていたの?」


 だが先に反応を示したのはミラであった。

 ミラはアレックスの前に立つと上品に挨拶をしてから話始める。

 アレックスは「あぁ」と短く挨拶を返したが、マイロを睨むのを止めてミラと話し始めた。


「よぉミラ……。あぁ今はかな? リズこそ何してるんだよ」


 長年の付き合いを見せつけるように、アレックスはミラをあえて偽名で呼び直した。

 幼稚な行動にミラも迷惑そうに顔を歪めるが、冷静を装いながら返事をする。


「お出かけよ。分かるでしょ?」

「お忍びで? バレるぞそんな顔出して堂々としてたら」

「大丈夫よ。みんないるもの」


 ミラはとても素っ気なく返した。

 マイロは(幼馴染とはいえ馴れ馴れしい奴だな)と思いながら静観していたが、アレックスはムッとしたように眉根を寄せながらマイロを睨んだのでまた逃れるように委縮した。


「で、そいつ誰。新しいお付き?」


 マイロは言葉に詰まらせる。「えーと」と返答に迷っていたが、マーゴットが粛々とした声でアレックスに申し立てた。


「申し訳ございませんアレックス様。本日リズはプライベートでございます。これ以上はご容赦ください」


 そして丁寧に礼をする。

 マーゴットは淡白な声で、けれどもとても柔らかな笑顔だったので、アレックスは反論できなかった。


「……これは失礼、マーゴットさん」


 アレックスからすると、マーゴットはミラの母のように重要な人物だ。

 少しつまらなそうな顔をしたが、ぞんざいな扱いをできる相手ではない。アレックスは諦めたように「ふう」と息をつくと、グリューワインを回しながらマイロをぎろりと見た。


「悪かったな君。謝罪する」


 そしてアレックスは偶々傍を通り過ぎたスタッフを呼び寄せると、まだ中身の入ったグリューワインのマグカップを渡して、「これ、処分してくれ。デポジットは君が貰えばいい」と押し付ける。

 マグカップを渡されたスタッフは最初困惑の表情浮かべていたが、渋々その場を離れていった。


(貴族や金持ちって、どいつもこいつも金があれば何してもいいって思い込んでる。いけ好かない奴だ)


 アレックスの鼻につく態度にマイロは苛立ったが、ミラはそれを察したかのように「行きましょう」とマイロを呼ぶと、人の少ないエリアの方へと向かった。

 そしてマイロに「帰り際にもう一度温かい物でも食べたいですね」と甘えるように話していた。

 あと1時間ほどしかないのだから貴重な時間を幼馴染なんかで消費するわけにはいかない。だからミラはマイロとの時間を噛み締めていたのに、ずっと続く”6人分”の足音に段々といらだっていた。


「なんでついてくるのよ……」


 我が物顔でミラたちについてきていたアレックスに、ミラは迷惑そうにぷんと怒った。

 それでもアレックスは何も悪いと思っていないような顔で、ふんと鼻を鳴らした。


「行き先がたまたま一緒なだけだ」

「そんなわけがないじゃない。ばか」


 ミラは冷たくあしらったが、そんな態度が気に入らなかったのだろう。アレックスはふーっと大きくため息をつくと、わざと大げさな仕草で肩をすくめる。


「なんだよ。の邪魔されるのがそんなに不満なのか?」


 そして周辺のみんなに聞こえるような声でミラに問いかけた。


「君は知ってるのか? 俺はこいつとプロム踊ったこともあるんだ」

「なっ……! なななななな、な」


 アレックスはミラを軽く揶揄うような態度であったが、ミラはアレックスの冷やかしに即座に顔を真っ赤にした。

 ミラの顔は見る見るうちに真っ赤に染まっていき、サクランボのような唇は緊張と恥ずかしさですっかり固まってしまい、言い訳をしようにもうまく言葉が出ない様だった。


(デ、デデデデ、デートって……!)


 ミラは口をぱくぱくさせ、手汗の溢れる手を震わせながら、何度もマイロとアレックスを交互に見た。

 今日はあくまで「お礼の食事」というていで遊びに誘っているのだ。だからきっとマイロは今日の一連の出来事を、――デートだと受け取っているはずがない。とミラは思い込んでいた。


(建前が崩れたら、マイロは私からすぐ離れてしまうかもしれない)


 だからこそ、ミラはマイロがアレックスの一言に不愉快さを感じていないか不安でたまらなかった。

 アレックスがこのまま2人を「デート」と囃し立てれば、彼は委縮してこの場から逃げる様に帰宅するかもしれない。

 どうせ実らぬ恋だとは分かっていても、ミラはそれだけは避けたかった。


(なんか……めんどくさいことになったな)


 一方マイロにとって、今日のミラとのデートは仕事の一環のようなものだった。ミラからの食事の誘いに乗ったのは立場上断り辛いものでもあったけれど、仕事の役に立つからだという下心があったからだ。

 この経験は間違いなくマイロのキャリアを築くための強い武器になるだろうし、このまま王族とのパイプにできるのなら、その成果は言うまでもない。


 だが今日1日一緒に過ごしただけでも、雲の上のような存在であったミラがどのような人物なのかを少しだけ知ったような気がした。

 目の前にいるミラの幼馴染は何だか妙な勘違いをしているようだし、ミラの顔は未来に失望して青ざめて見える。

 マイロは不思議と、彼女の物悲しげな顔を見たくないとも思った。


(姫さんの好きな人はあのごっつい人ヒューゴなんだから、俺を三角関係には巻き込んでほしくないんだけどな……)


 そして頭をポリポリと掻いた後、マイロが次の行動に移るのにはさほど時間を要さなかった。


「すんません。リズさん、アレックスさん」

「……なんだよ」


 口喧嘩する2人の間に割り入ったマイロをアレックスが睨んだ。

 マイロはそのまま少し居心地の悪そうな顔をしていたが、ミラにアイコンタクトを送るように目を合わせたあと、彼女を守るように前に立った。

 アレックスとマイロは背丈はあまり変わらないが、ミラには不思議とマイロの方がずっと大きく見えた。


「俺はあくまで、この方と遊びにきてるだけなんで、あくまで俺の意見として聞いてほしーんすけど……」


 唇を動かしながら、マイロは自分でも自分らしくない行動だと思っていた。

 普段の自分なら静観して時が過ぎ去るのを待っただろう。しかし、ミラの顔を見るとその行動はあまりにもこの場に相応しくないと自然と思えた。


(母さんとばあちゃんによく叱られたんだ。女の子揶揄っちゃだめだって)


 マイロは幼少期の記憶を蘇らせながら次に続く言葉を考えていた。

 幼少期、マイロが同級生の女子を揶揄おうもんなら母から容赦無く叱られたものだ。女を揶揄うのは男として最低な行為だと叱られながら尻を叩かれたのを今でも覚えてる。

 それに、女子を揶揄っていた同級生が先生に叱られた時に白状した理由は、確かとても幼稚なものだった。


 とはいえ目の前にいるアレックスは20歳の成人だ。彼にも温情をかけるような言葉選びを心がけなければならない。

 ――女性を揶揄うのは紳士的じゃないですよ。マイロはそう言おうと強く決めていた。


「リズさんのこと好きだから、揶揄ってるんすか?」


 その一言にアレックスが一瞬固まる。


(あ、やべ。心の声が)


 マイロも本音と建前を間違えてしまったことに気がついた。

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