「……ん?」
しかし、物思いにふけている間に、周りが騒がしくなっていたことに気付いた。
ブラウン中尉は軍用の通信機器で誰かと通話をしている。どうやら上層部から何らかの連絡を受けたようだった。
そして、漏れて聞こえる通話の内容が、そのうちまるで伝言ゲームのように車内中に広まっていった。
マイロは伝言ゲームを流してくれる友達がいないため、ひっそりと耳をそばだてた。
「ウェストメイン・スクールで立てこもりだってよ」
「へぇ。名門中学じゃないか」
懐かしい学校名に、マイロの耳はぴくりと動いた。
心臓が一瞬だけ妙な跳ね方をした気がして、自然と声が聞こえた方へと顔を向けていた。
彼にとって聞き馴染みのある名前。
車内で誰かが口にしたその名前を彼は聞き逃さなかった。
「それマジっすか?」
「うわ、びっくりした……急に話しかけんなよ、マイロ」
マイロは同期にまるでゴキブリのように忍び寄り、噂話をしていた同期に思わず声をかけていた。
急なことに驚いた同期は、「ぎゃ!」と叫びそうなのを抑えながら、気味の悪そうな顔をした。
普段無口で何を考えているのかよく分からないマイロは、同期で仲が良いと言える友人は1人もいないからだ。
「ウェストメイン・スクールで立てこもりって、まじっすか?」
再度尋ねるマイロに、相手は戸惑いながらも答えた。
「あ、あぁ。中尉の受信機からそう聞こえてきた」
「……へえー」
そしてマイロは礼も言わず、会話を終わらせる。
同期は「なんだよあれ」と言いたげな目線を友人同士で送り合った。
(
マイロは懐かしさと同時に妙な気持ちを抱いていた。
あの学校で事件が起こったと聞いてもいまいち実感は湧かない。
けれどもありえる話かもとも思った。
あそこは金持ちの子供ばかりで、伝統校のくせに校舎はボロボロ、セキュリティもお粗末だった。
いつかはそういうことが起こっても仕方がない気もしていた。
――そして、どうかあの話を鬼のブラウン中尉が忘れてますように、とも思った。
(俺はまだ15だ。実戦なんか、出されるわけない……よな? なんか嫌な予感がするけど、大丈夫。大丈夫)
「マイロ・ガルシア訓練兵!! こっち来い!」
しかしそう簡単にいくはずもない。
ブラウン中尉がマイロを名指しした瞬間、マイロは「予感的中」という苦い顔をした。マイロはブラウン中尉が手招きする方へ渋々足を運ぶと、ブラウン中尉はマイロの肩を無理矢理掴んでから尋ねた。
「貴様、
「いえっ! 違います!」
根暗のマイロは陽キャと脳筋以上に、面倒臭いことが大嫌いだった。
(このおっさん、あのこときっちり覚えていやがった!)
何か面倒ごとを押し付けられるに決まっている。それだけはどうしても避けたい。
ブラウン中尉の遠慮のない質問は同期の耳にも届いたせいで「あのマイロが?」という疑いの視線が背中に突き刺さるのも気に食わない。
今日はこのまま卒業訓練を受けて、合格して、寮に帰る!
それ以外のことをマイロは絶対に考えたくなかった。
「虚偽申告は軍規違反だ。嘘をつくな、愚か者!」
「痛っ!!」
しかし、マイロは何も悪びれずに嘘をついたので、ブラウン中尉は坊主頭をガツンと叩いた。
「貴様の経歴はすでにこちらで把握している。考えていることなど手に取るように分かる。忘れるな!」
「痛っ、痛てて……しゅ、出身じゃありません。中退です……」
マイロは頭をさすりながら答える。ブラウン中尉はふうんと鼻を鳴らすと、マイロに顔をぐいっと近づけて、マイロの反応を試すように話した。
「小学校から中学まで通っていたな? どうなんだ?」
「……小学校は途中からで、中学も途中で退学しました! 戦力にはなれません、サー!」
マイロは祈るような気持ちで全力で叫んだ。
だが、ブラウン中尉は対照的にニヤリと笑う。そして、そのまま通信相手に「了解、協力者を連れていく」と告げてからマイロに言った。
「十分だ。上官命令。作戦会議に参加し、出身者として有用な情報を提供せよ!」
*
「敵組織名はラ・セプチュラ・ネグラ。薬物取引に特化した犯罪組織である。現在、ウェストメイン・スクールのセレモニーホールに籠城中。新入生を中心とした生徒および教職員を人質に取り、教員1名が重傷、その他数名が軽傷との報告あり」
マイロは、学園近くに設置された臨時の対策本部に招集され、半ば強引に作戦会議に参加させられていた。
その場に並ぶのは、親世代どころか、さらに上の世代と思しきベテランたちばかり。マイロのような若者は、一人として見当たらなかった。
「セレモニーホールは旧校舎の3階に位置する建物であり、犯人らはすでに正面入り口などはバリケードで封鎖していると考えられます。周囲は教室などの施設に囲まれており、直接の外部アクセスは限られております。また――」
当然ながら、会議の中心に加わることなどなく、作戦に関する提案や指示が次々と飛び交っていく。
身元のあやふやな若造に向けられる疑わしげな視線がマイロに突き刺さる。
マイロは手元から目を上げることもできず、ただ黙って耐えていた。
(これだからウェストメイン出身ってばれたくなかったんだよ。厄介事に巻き込みやがって……)
会議室にいるのは、中年のおっさん、中年のおっさん、禿げたおじいさん、その腰巾着っぽいおっさん、またおっさん――そしておっさんの中では若い方のおっさん。そんな面々に囲まれた中で、マイロは明らかに浮いていた。
(俺に何をさせるつもりなんだ? 校内の地図さえあれば、俺なんて必要ないだろ)
不満を胸に抱えたまま、マイロは進行役の方へちらりと視線を向ける。
すると、ちょうどその人物と目が合ってしまい、慌てて視線を逸らす。
進行役は説明を続けながらも眉をひそめ、ごほんと軽く咳払いをした。
「また、例の【パッケージ】はセレモニーホール隣接の準備室に拘束されている可能性が高い。以上だ」
『例の【パッケージ】』と言ったところで進行役はバンバンと軽くホワイトボードを叩く。
そして説明を終えると、進行役は軽く頭を下げて席に戻った。
マイロが叩かれたホワイトボードに目を向けると、写真が1枚だけ貼りだされていた。
それは、10歳前後の女の子の写真だった。
人質として取られているのは大勢の生徒のはずなのに、1人だけが特別にピックアップされている。
突然のフラッシュに驚いて、目を細めているような瞬間を切り抜いた様な写真。
適当にシャッターを切ったとしか思えない、愛情なんて込められていないとしか思えない出来だった。
(なんだ? なんであの子だけ写真が貼ってあるんだ?)
明らかに特別扱いされている女の子に、【パッケージ】という言葉。
マイロはそれが妙に引っかかっていた。
「
「どんな名前だ。パッケージは『人質』の軍事用語だ」
「へぇー」
「黙っとけ」
人質にされた大勢の子供や教師の話なら最初にされたはずだ。
それならこの「パッケージ」というのは特定の個人――恐らく写真の女の子を指す隠語なのだろう。
しかし、女の子だけが特別扱いされている事は、マイロにとって、とても不自然なことだった。
(あの子、何者だ?)
ウェストメイン・スクールの学生もいけ好かない金持ちの子供ばかりだが、これは明らかにさらに上の立場の者の扱いだった。
特別な事情でもあるのだろうか。とマイロは疑念を深める。
有名企業の子供か、貴族か、それとも政治家か誰かの子か――。
「……おぉ。どれほど怖い思いをしているか……。まさか、妹がこんな目に遭うなんて……」
「――様。――様はおひとりで耐えておられるのです。あなたがそのような姿をお見せになってはいけません」
「分かってる、分かってるさ……」
すると、会議の一角から、誰かが嘆いていた。
声の主は、上質なスーツに身を包んだ、三十代前後と思しき金髪碧眼の男だ。
柔らかい顔立ちで、穏やかそうな雰囲気を纏っているが、今は明らかに不安と恐怖に顔が引きつっていた。
会話をすべて聞き取ることはできなかったが、内容から察するに彼の妹が人質にされているのだろう。
(あれ、写真の子の兄ちゃんか? ずいぶん年が離れてる気がするけど)
しかし、その上品な佇まいと気品ある空気は、どう見ても軍人や警察関係者のものではない。
むしろマイロ以上に、この場にふさわしくない存在のように思えた。
マイロは周りを気にしながら、隣のブラウン中尉に尋ねた。
「ブラウン中尉、あの人誰っすか?」
ブラウン中尉は「はぁ?」と眉をひそめ、不機嫌そうにマイロを見る。
「なんか、『妹が~』とか言ってるけど……こういう会議って、保護者も参加するもんなんすか?」
返事を待たずにマイロが続けて問いかけると、ブラウン中尉は呆れたように息をついた。
「――お前、新聞とかテレビ、見ないのか?」
逆に質問され、マイロは目をしばたたかせる。
「見ないっす。寮にないし興味ないし」
「個室になくても、談話室にはあるだろう」
「俺、談話室行かないんで……」
「……はぁ。そうだったな。お前、そういうやつだったな」
ブラウン中尉は天を仰ぎ、しばらく無言になる。
(どうせ「こいつ、ほんと根暗だな」とか思ってるんだろ)
マイロはその沈黙の意味を勝手に解釈し、内心でつぶやいた。