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第14話 訓練兵マイロ・ガルシア 3/4

「ブラウン中尉!」

「ハッ!」


 突然名を呼ばれ、ブラウン中尉は間髪入れず軍人らしい力強い声で返事し、靴音高く敬礼をした。

 マイロも無理やり立たされ、渋々ながら同じように敬礼する。

 そしてブラウン中尉はマイロに「お前は今回何も知らなくていい。お前は言われたことを黙ってこなせ。もし質問されても何も答えるな」と囁くと、会議に参加している出席者全員を見渡すように視線を配る。

 同時に、総責任者と思われる男がブラウン中尉をじっと見つめるが、ちらりとマイロの方へ目を向けた。

 マイロは男と目が合った瞬間、すぐに目を逸らした。

 その幼稚な行動が総責任者の男に不信感を持たせたのだろう。まるで取り調べでもするかのような低い声で、男はブラウン中尉に訊ねた。


「今回の作戦概要はすでに頭に入っているな? ところで……その訓練兵が例の人物か?」

「イエス、サー」

「……聞いていた年齢……18より若く見えるな」


 マイロは少しどきりとした。

 もし実年齢を暴露することで、マイロ自身はこの場から逃げられるのであれば、ブラウン中尉の嘘を暴いてやりたい気持ちもあったが、何十も重なる視線と重圧な場の空気に圧倒されて、マイロは結局何も口にできなかった。


「まだ顔に経験の刻みが出ておらんのです」


 ブラウン中尉は姿勢を正したまま上官からの意見を軽くいなす。


「こちら、訓練兵マイロ・ガルシア。実は私の遠縁にあたる者でして、保護者から依頼を受け、私が責任をもって監督しております。やや癖のある性格ですが――」


 ――大嘘つきめ! さっきは『虚偽申告は軍規違反』とか言っていた癖に!


 と、マイロは舌打ちしそうになったが自我を抑えた。


「真面目で優秀な訓練兵であります。ご承知のとおり、彼は今回の事件の現場であるウェストメイン・スクールの元生徒であります」


 ブラウン中尉の発表に、事情を知らされていない軍人や警察関係者が少しざわついた。

 それは見るからに上品な身分であろう金髪碧眼の男も同じで、困惑するような目線を隣の男性に向けている。

 マイロは汎用四輪駆動車の中で味わった全く同じ空気に苦笑しそうになったが、唇を噛み締めてなるべく無反応でいるように努める。


「ウェストメイン・スクールの?」


 総責任者の男は若干疑うように繰り返したが、ブラウン中尉は不敵な笑みを崩さなかった。


「少々風変わりな子供でして、校舎内の探索を好んでいたらしいのです。以前、私にも色々教えてくれましてね? 色々校内に詳しい。そのため、ガルシア訓練兵はこの度の情報戦を制する鍵になると確信しております」

「――続けたまえ」

「おや、疑念の色がございますね。では実証いたしましょう。ガルシア訓練兵、前へ」


 マイロは無言でブラウン中尉のあとをついていく。行った先には大きなウェストメイン・スクールの校舎配置図が階層ごとに分けられて並べられていた。


「そちらのあなたもこちらに来ていただいてもよろしいでしょうか?」

「へ?」


 突然ブラウン中尉が声をかけたのは、【ウェストメイン・スクール校長】という手書きの札の前に座っていた眼鏡の男だった。


(うわ。はげクサックだ)


 いつも頭が輝いていて、不潔ではないのにいつも臭いことから、生徒たちからは「はげクサック」と陰口を叩かれているクサック・ボールドウィンだった。

 彼はブラウン中尉からの問いかけに声を上ずらせる。


「本訓練兵が同校出身であることの証明にご協力願いたい。まず、彼に見覚えはあるか?」

「……いやぁ、その、ガルシアという苗字の生徒は珍しくありませんから……」


 彼は目を泳がせる。

 最初から期待していなかったけれど、やっぱりそうかと失望するようにマイロはふっとため息をつくと、気だるげな視線をクサックに向けた。


「この人、俺と一回も喋ったことないんで知らないと思います」


 マイロは学校では鼻つまみ者として扱われていたし、マイロが退学を選択した時も、クサックがマイロを心配して訪ねてくるなんてことはしなかった。

 だから、クサックがマイロのことを覚えていないというのは当然のこと。

 マイロもいちいちこんな事で落ち込んでいられなかった。


「そうですか。……では、ガルシア訓練兵、セレモニーホールの位置は把握しているな? 示してみろ」


 マイロはブラウン中尉に言われたとおりに、旧校舎3階にあるセレモニーホールを指差した。


 「旧校舎の3階、校舎のど真ん中にあります」


 クサックも「合っています」と言った。

 だがセレモニーホールは大きくて目立つ建物だ。この程度では偶然当たった可能性もあるし、疑いの目は薄れない。


「次に、準備室の場所はどこか? 指を差せ」


 マイロはまた迷わずに、セレモニーホールのすぐそばにある小部屋を指差した。

 クサックもまた「合っています」と言った。


「その部屋に何があるか、説明してみろ」


 ブラウン中尉が質問を続けた。マイロは思い出すように少し目を細めたが、すぐに


「まず、校長室にあるようなでっかい机が1個あります。それに、ソファーとローテーブルがあります」


 と答えた。

 クサックは少し考えてから「合っています」と言った。


「ソファーの色と素材を言え」


 ブラウン中尉はまた問いかけたので、


「灰色っぽいブルー。素材は、触り心地がもけもけしたやつ」


 と、マイロも間を置かずに答えた。

 クサックはまたも「合っています」と言った。

 少しずつ、マイロを見る目が疑いから期待に変わりつつあるのを全員が感じていた。

 端の方から「写真に写ってるソファーのことか?」「合ってるな……」という戸惑いがマイロたちにも微かに聞こえてくる。


「ガルシア訓練兵に何か質問を」


 ブラウン中尉はほほ笑みながらクサックに促したので、クサックは戸惑いながら言われたとおりに質問を始めた。


「えーっと、観葉植物の種類は?」

「オリーブの木が、確か2つ。白っぽいプランターに入ってます」

「はぁ……では、カーテンの色は?」

「レースと、ソファと同じ色のグリーン。カーテンには煙草を押し付けて描いたニコちゃんマークの跡があった。犯人は俺じゃないけど」


 マイロは淡々と正解を導き出していく。期待するような目線が確実に増えたのをマイロも肌で感じていた。

 ブラウン中尉が「では他の質問を」と質問を続けようとした。

 だが、総責任者の男が、

「待て」

 と強くそれを遮った。


「ガルシア訓練兵、私からも問う。準備室にはテレビがある。そのメーカー名を答えろ。分からぬなら特徴でもよい」


 総責任者が喋った瞬間、まるで聖なる石像が話したかのように部屋中が静かになった。

 それは誰かが生唾を飲む音が聞こえるほどの静寂だった。

 軍人らの視線が、パッケージの兄の青い瞳が、みんながみんな、今か今かとマイロの返答を待っていた。


 マイロは少し考えた後、黒い目を微かに動かして部屋を思い出そうと努めた。

 しかし、それはマイロの記憶違いでなければ成立しない質問だった。

 マイロは正直に答えるべきか悩むそぶりを一瞬見せたが、結局、戸惑いながらも素っ気なく答えた。


「準備室にテレビなんてありません。あるのは内線用の電話だけです」


 全員の視線がマイロだけに固まる。

 少し間が開いて、クサックに促すような視線が向けられ、クサックも慌てて「合っています」と答えた。


「ガルシア訓練兵。もし君がこの立てこもり事件を解決するのならどういうルートを使うか説明してみせよ」


 マイロは一瞬息を止め、校舎の配置図を頭に描いた。


「セレモニーホールは本館の3階。校舎の中心です。外から直接入るには窓が高すぎるので、ロープがないと危険だと思います。階段が東西に2本ありますが、正面の階段は……犯人が見張ってるでしょう。机や椅子でバリケードを作って塞いでるかも。……でも、図書室の裏に壁の隙間があって……それを使えば3階廊下に直結します。3階は廊下が複雑で、施錠されたドアもあるけど……壁の隙間から迂回できる。そうすれば、セレモニーホールのすぐそばにある大道具室に直接出ることができます」

「隠し通路? そんなものこちらの資料にはないのだが……」

「多分、昔の人が作った隠し通路なんだと思います。あの学校ぼろっちいんで」

「こら、表現に注意しろ!」

「伝統校なので趣きがありますので!」


 ブラウン中尉に叱られたのでマイロはすぐに訂正した。


「なぜそれほど詳しい?」

「……探索が趣味でした」

「真実を答えろ」

「……授業をサボる際に使っていました。寝るなら横になりたかったんで……」


 ブラウン中尉は勝ち誇ったような笑みを浮かべつつも、表情はあくまで冷静だった。


「今回、近衛兵は出せない、いいえ。出したくても、出せないのでしょう? どうでしょう! この度は我々に任せてみるというのは」


 総責任者はそんなブラウン中尉の顔を見て少し苦い顔をしていたが、「よろしい」と低い声で唸った。


「ガルシア訓練兵、貴様をウェストメイン・スクール立てこもり事件の人質救出作戦チームの一員として任命する。特殊部隊と協力し、速やかに準備を整え、人質の救出にあたれ!」

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