ウェストメイン・スクール周辺は、警察や軍の車両に加えて、救急車や消防車、さらに大勢の報道関係者が詰めかけている。
押し寄せるカメラのフラッシュと拡声器の声が、緊迫した空気をさらに掻き立てる。
そして、辺りはサイレンや怒声、無線のやり取りが交錯する混沌の渦と化していた。
日はすでに落ちており、辺りを照らしているのはグラウンドの投光器だけで、その白い明かりは働きアリのようにせわしなく動く人々を浮かび上がらせた。
各部隊は無線で細かく連携を取りながら、作戦実行の瞬間に備えていた。
時刻は午後5時を回っており、救出班の準備は充分すぎるほど整えられていた。
マイロら救出班は校舎をぐるりと囲む石壁の一部にある、人ひとりがかろうじて通れるほどの割れ目から、慎重に、音を立てぬように侵入した。草むらを静かにかき分け、闇に紛れるようにして重厚な石造りの校舎の陰に身を寄せて進む。
無言の合図と共に、マイロの後に続く特殊班の隊員たちが足並みを揃え、ひとり、またひとりと暗がりの中に消えていく。
マイロを含めた救出班は総勢20名。
校内の防犯カメラの映像と、すでに解放された子供たちからの聞き込みによって判明している犯人グループの人数と、ほぼ同数だった。
計画では、隊員たちは6人ずつのグループに分かれ、それぞれ別ルートから校内を進む。
まるで猫が獲物に忍び寄るように、無音で、慎重に、影のように建物の奥へと入り込んでいった。
(もうすぐ5時半だ。立てこもりが始まって10時間近く経ってる。早く助けてやらないと……)
胸の鼓動を押し殺すようにして、マイロは自分に言い聞かせながら進んだ。
暗闇の中で耳と目の感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。
そして幸運なことに、マイロたちは見つかることなく、校舎の奥――セレモニーホールのすぐそばまで接近することに成功していた。
セレモニーホールと大道具室を繋ぐ廊下には見張りが一人。
左右を警戒するようにちらちらと視線を動かしてはいるものの、その動きにはまるで緊張感がない。
スマホをいじって、退屈そうにあくびをして、完全に気を抜いているようだった。
「げぇ……人がいるっす……」
マイロが思わず鬱々とした声を漏らした。このままでは先へ進めない。なんとかしてこの見張りを処理しなければならなかった。
「俺が行く。ブラウン訓練兵はそこに」
低く囁くように言ったのは、マイロの後ろを歩いていた手練れの隊員だった。
男は姿勢を低くすると、まるで影のように音を立てずに廊下を滑るように進んだ。
次の瞬間――見張りが何かに気付く間もなく、その首に腕が回される。ごつい体格の見張りが一瞬もがいたが、スリーパーホールドに音を出す暇もなくそのままぐったりと崩れ落ちた。
「ぐえ」とか「参った」といった反応すら許されない、鮮やかな手際だった。
マイロは目を丸くしてその一部始終を見ていたが、隊員は何事もなかったかのように言った。
「行くぞ」
驚きを押し殺しながら、マイロはうなずき、再び先導に立った。
(い、一瞬で落とした……。これが、プロ……)
足元から冷たい風が吹き上がるような感覚の中で、マイロたちはさらに奥へと進む。
セレモニーホールのすぐ近くの扉の前にも、また一人見張りがいた。
隊員は再び同じ手法で見張りを気絶させた。今度は見張りが大きなあくびをした瞬間で、まるでそのまま夢の中に落ちたように倒れた。
(なんか思ってたより弱い……? いや、そうか……立てこもって10時間も経ってるってことは、こいつらも疲れ始めてるのか)
マイロはその事実にハッと気づく。
ずっと人質の体調ばかり気にしていたが、体力に限界があるのは、相手も同じだった。
同時に、通信機が
『まもなくヘリを向かわせる。やつらの隙をつけ』
と端的に情報をマイロたちに伝達した。
外の仲間たちも、立てこもり事件を解決するために走り回っているのだろう。
(この作戦、案外うまくいくかもしれない)
道案内をするのは現地を十分すぎるほど知る自分。
実戦経験豊富な兵士たちは、体力も技術も充実している。
一方、相手は薬物と緊張で消耗しきった寄せ集めの武装犯たち。
戦力差は火を見るよりも明らかだ。
「ブラウン訓練兵、気を抜くな」
「! す、すんません」
言われて気が緩んでいた自分に気づく。
しかし慌てて角を曲がる瞬間――タクティカルベストの金具が石壁に当たり、
がつん!
と高く響く金属音を立てた。
「……誰だ!?」
すぐそばにいた見張りが、鋭く振り向きざまに叫んだ。
怒りの混じる焦った声は夜の静寂を鋭く切り裂き、辺りの空気を一瞬で凍らせた。
グラウンドの遠くで響いていたサイレンの音さえ、どこか遠のいて聞こえる。
(やばい、ドジった)
マイロの心臓は跳ね上がり、全身にどくんと血が駆け巡る。足元がふらつきそうになるほどの衝撃だった。
まだ完全には見つかっていない――が、時間はない。一瞬の躊躇が全てを台無しにする。
特殊班の全員が、まるで息を止めるかのように動きを止めた。その瞬間、何かが動けば、一気に火がつく。
だが、
「う、うわぁ! 見つかった!」
誰よりも早く声を上げたのはマイロだった。
マイロは突然、廊下に飛び出し、両手を上げて見張りの前に姿を現した。
声は裏返り、目は大げさに見開かれ、顔にはわざとらしいほどの青ざめた表情を浮かべていた。
「す、すんません先生! 俺、別に係の仕事さぼってたわけじゃなくて……!」
その瞬間、見張りの顔がぐしゃっと歪む。驚きと困惑、そして苛立ちが入り混じったような反応だ。
マイロは一瞬ちらりと元居た場所へ視線を配ったが、特殊班らは静かにマイロの動向を伺っている。
マスクごしに見える目が「こうなったらお前を信じている」と訴えてるようだった。
「係ぃ!? なんだテメェは!」
「だって、入学式って知らない人来るじゃないすか! 俺、人見知りだし、受付の係とか、挨拶とか、ああいうの苦手なんすよ! でも、別に逃げたわけじゃ――」
怒鳴られながらも、マイロは『取り残された学生』を装い、ゆっくりと見張りに近づいていく。心臓が今にも喉から飛び出しそうだった。
だが、彼の頭の中は冷静だった。この数秒でもう一つの班が動ける。もし騒ぎになったとしても、自分が囮になれば、それで――
(名もなき学生か、兵士の死亡者が一人増えるだけ)
マイロは心の中で覚悟を決めた。自分の人生を変えるのだからこれくらいの危険なんのそのだ。
全身が汗ばんでいるのに、指先はひどく冷たかった。それでも足を止めることはなかった。
(俺たちのジャケットには小型カメラが仕込まれてる。リアルタイムで本部にも状況が伝わってるはずだ。通信は生きてる。俺が何をしてるかも、誰に接触してるかも、全部把握されてる)
深呼吸をひとつ。息を吐くと、少しだけ胸の奥が軽くなった。
(覚悟を決めろマイロ、人生変えるんだろ! 俺が見つかるタイミングが違っただけで、作戦としては概ね予定通りだ。焦るな。状況をコントロールできてるうちは、勝ち目はある)
頭の中では必死に論理を組み立てながらも、マイロの声は裏返ったまま演技を続けていた。
「え、先生ちょっとガチで怒りすぎじゃないっすか? なんで鉄砲……」
「うるせぇお前こっちこい!」
マイロが連れて行かれる姿に、隊員らは影の中で静かに拳を握りしめる。
見張りは隊員らの機微に気付くことなくマイロを首根っこから掴むと、無理やり彼をセレモニーホールへと連れていった。