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第15話 パッケージを守ります! 4/6

 「カーテンを下ろせ」。それは、ここ数年の間で伝えられてきた子供に向けた秘密の暗号。

 ここ数年、不審者対策の一環として、教員と生徒の間で共有されてきた『だいじな おやくそく』だ。


『もし銃撃や突入が想定されるような状況になった場合、犯罪者にバレずに子供たちを安全に伏せさせる合図があれば、隙をついて突入できるかもしれません』


 それは、マイロが数時間前の作戦会議中に提案したアイデアだった。

 最初は半信半疑だった大人たちも、数人の生徒を使ったテストでその効果を確認し、採用を決定した。


 実際に、その言葉が響いた瞬間、ホールの子どもたちは一斉に床へ伏せた。

 まるで波が引くように、子どもたちの姿が地面に消える。

 立ち尽くしているのは、薬物中毒の男たちだけだった。


 「何だ……?」と混乱する彼らの前で、マイロは迷いなくジャケットから閃光弾を取り出す。

 宙に向かって放たれたそれが爆ぜた瞬間、激しい光と音が空間を貫いた。


 キィーン――!


 耳を裂くような音。

 視界を焼くような白光。

 そのすべてが、突入の合図だった。


『動くな!! 全員武器を捨て、両手を上げて、その場に伏せろ! 少しでも動けば撃つ!』


 セレモニーホールの正面入り口と、マイロが事前に伝えていた、鍵のかかっていない窓、さらに横の廊下――複数の方向から、武装した救出部隊が一斉に雪崩れ込む。


 ほとんどの男たちは、兵士の声を聞くより先に、閃光弾の衝撃でうずくまり苦しんでいた。

 だが、その中で――例外がいた。


 逃げ遅れた仲間を置き去りにし、金髪の少女ひとりだけを連れて、すでに舞台袖から脱出していた男が二人。

 マイロはその姿を一瞬で捉えると、反射的に体が動いていた。


(あいつら、『パッケージ』だけ連れて――仲間を見捨てやがった!)


 マイロは学生服のジャケットを脱ぎ捨てると、男達が逃げていった方へと一目散に走り抜けていった。


(ヘリは新館の屋上にくる。屋上にはすでに狙撃犯が控えてる。このまま屋上まで逃げられたとしても、いざとなればあの男達は射殺されるだろう。正直、俺の出る幕なんてない)


 頭の中で冷静な分析が組み上がる。

 すべては計画通りだ。

 プロの兵士たちが配置され、逃走経路すら計算され尽くしている。

 自分が追う必要なんて、本当はない。

 やるべきことは、もう済んだはずだった。


 でも――心が、それを許さなかった。


(でも、そんなのあの子に見せられるかよ!)


 脳裏に浮かんだのは、あの金髪の少女の顔。怯え、けれど必死に耐えていた眼差し。

 守られることより、誇りを傷つけられることを恐れていた。


(救出班に道案内してる暇はない、俺がやるしかなんだ!)


 男たちが使うはずの階段を目指して回り込み、静かに足音を殺す。

 案の定、すぐに怒鳴り声と少女の抵抗する悲鳴が、廊下の奥に響いた。

 マイロは物陰に身を潜め、素早く通信機を取り出す。震える指先を、強く握って押さえつけた。


「校内の電気、すべて落としてください!」


 一瞬の沈黙。通信先の兵士たちは、事態が読めていない。

 けれど、ためらっている暇などなかった。


「パッケージを守ります!」


 断言するように、吐き捨てるようにマイロは力強く言った。

 通信機の向こう側で迷うような沈黙が聞こえた後、


「健闘を祈る」


 という短い返答が聞こえ、直後、学校全体が闇に沈んだ。


「なんだ!?」

「チッ。何でこんな時にライトが消えるんだよ……」


 暗闇から男達の困惑する声が聞こえた。

 マイロは息を殺し、スタンバトンを手にしたままゆっくりと歩を進めた。

 目の良い彼の瞳はわずかな光にも敏感に反応する。光を輝かせる暗闇はマイロにとって味方だった。


(こっちは地の利がある。俺は夜目も効く。あのおっさんたちの目が闇に慣れる前に――仕留める)


 一歩、また一歩と音もなく近づく。スタンバトンの金属部分を手のひらで撫でると、かすかに震えていた手が、少しだけ落ち着いた。


(……これ、ブラウンのおっさんに使われたことあるけど――マジで死ぬほど痛かったんだよな)


 記憶の痛みがよみがえり、顔が少しだけ引きつる。だが、迷いはない。

 しかしマイロがスタンバトンを振りかざすよりも前に、携帯電話のライトがマイロの顔面を照らした。


「うわ。やば」


 男達と女の子が全員目を丸くしたのがマイロからもはっきり見えた。


「お前、さっきのガキ……!」


 マイロはほぼ反射的に、そう叫んだ男の顎をまるでスタンバトンでアッパーカットをするように殴りつけていた。

 男が手にしていた携帯電話は『ダッダッ』と音を立てながらランダム的に辺りを照らしながら、気絶した男と一緒に階段から転がり落ちていく。


「てめ……!」


 光と闇が交互に訪れることで、男はマイロの位置を正確にとらえることができなくなっていた。

 そして、暗闇の中、彼女の声がはっきり聞こえた。細い腕が宙をかき、足が暴れ、そのせいでボスのバランスが崩れたのが分かった。

 だが――嫌な予感がした。次の瞬間、ミラの足が空を踏んだ気配があった。


(まずい!)


 反射的に飛び出し、音と気配だけを頼りに、暗闇へ腕を伸ばした。

 指先に何か柔らかく、けれど細いものが触れる。女の子の細い腕だった。

 マイロは手探り状態のままそれを掴んで手前に思い切り引き寄せた。


「――あっぶなー。大丈夫?」


 マイロの胸元に女の子がすっぽりと収まった。

 タクティカルベストの中で鼓動が荒く響いてる。

 マイロにはそれが自分のものなのか、彼女のものなのかは分からなかったが、彼女が『こくこく』と頷いたのを見て、無意識に笑みがこぼれた。

 自分でもふっと、頬がゆるむのがわかった。


 ――あぁよかった。取り戻せた。

 それだけで自分が動いた価値があった。と感動を噛み締める。


「俺の後ろに下がっといて」


 だが感傷に浸る暇は1mmもない。

 マイロはそう言うと、女の子を連れてその場を離れた。

 ボスは「そのガキ寄越せ!」とピストルに手をかけたが、マイロは即座にピストルを簡単に奪い取り、そのまま男を階段から蹴り落とした。


「銃なんかよりうちのボスの方がこえーんだよ!」


 本音だった。ブラウン中尉に殴られたり蹴られたり殺されかけるのであれば、銃で一発撃たれた方がましだ。


 マイロは女の子の手を掴むと、煙幕だけが上がる手榴弾のピンを引き抜き、即座に破裂させた。

 男が煙を吸い込み、げほげほと咳き込んでいる間にマイロは女の子の手を引いて走り抜けていく。


「お、お兄ちゃん誰ですか? ここの中学校の人? お名前は?」


 女の子は必死に足を動かし、息を切らしながら、マイロに訊ねた。


「マイロ!」


 マイロも、反射的に大きな声で自分の名前を叫んだ。

 だが、次の瞬間、ブラウン中尉にマスコミ対策で名前を隠せと言われたばかりだったことを思いだした。


「あ、やべ。名前言っちゃダメなんだった」


 ピストルで撃たれるよりも恐ろしいブラウン中尉の叱責があるかと思うとぞっとした。

 こんな非常事態でうっかりなんてしている場合じゃない。マイロはぶんぶんと首を横に振ると、誤魔化すように叫んだ。


「マイロじゃない、ジャック! ジャック・なんとか・ブラウンです!」


 マイロは慌てて訂正したが、女の子がやけに嬉しそうな顔をしたことには気が付かなかった。

 マイロは力強く『ミラ』の背中を押しながら、生き残るために学校の中を走り抜けていった。

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