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第15話 パッケージを守ります! 5/6

「こちらジャック・ブラウン訓練兵、パッケージと思われる少女を保護しました。どうぞ」

「カメラで確認する――、……間違いなくパッケージとのこと。回収班を向かわせる、安全な場所で待機せよ」

「了解」


 ザザッと通信機が切れる。

 マイロは通信を終えると、教室の隅で小さく深いため息を吐いた。


 新館の4階にある中等部の教室に2人は隠れていた。

 室内には微かにチョークの粉と古い金属棚のにおいが漂っていた。

 窓は外の騒音と光を遮り、残されたのは静寂と薄暗さだけだ。マイロとミラは埃っぽい床に座り込み、肩を寄せるようにして息をひそめていた。


「ホールにいた男たちは全員拘束されたそうです。人質も……無事、全員解放されました」

「本当ですか!?」

「ええ。さっき階段から蹴り落としたあのオッサンも、無事確保されたらしいです」

「……よかった……」


 ミラは胸を撫でおろし、ほっとしたような笑みを浮かべた。

 その表情は、10歳とは思えないほど落ち着いている。

 どれほどの責任感が彼女の心を支えていたのかと、マイロは少し驚かされた。


「本当によかったですね」

「はい! みんなが無事で……おうちに帰れるなら、それ以上に嬉しいことはありません!」


 ミラは心の底から喜びの笑顔を咲かせた。

 マイロはそんなミラを見て目を見張る。


(この子だって辛い思いをしただろうに、愚痴ひとつこぼさないのか……。やっぱりお嬢様ってのは、こういうとこもしっかりしてるんだな)


 マイロは5歳も年下の子に、自然と尊敬の念を抱いていた。

 同時に自分が10歳の頃、こんなふうに人を思いやることなんてできなかったとマイロは苦笑しつつ、水入りのペットボトルを差し出した。


「……どうぞ」


 ミラはパッと嬉しそうな顔をしながらそれを受け取った。

 しかし、ミラはそれを自分で開けようと試みてはみるが、蓋が固くて開けられない。


「あ……あの……」


 ミラはどうしてよいのか分からないようで、上目遣いでマイロをそっと見つめた。

 マイロは無言でボトルを受け取って蓋をひねる。


(ひょっとしてこの子、お嬢様すぎて自分でペットボトルを開けたことないんじゃ……)


 呆れつつ蓋を緩めて渡すと、ミラはほんのり顔を赤らめて受け取った。


「ふ、普段は自分で開けるんですよ……? 本当ですよ」

「いや、別に気にしてないです」

「ほ、本当ですから!」


 ミラは言い訳しながら水を一口飲むと、ゴクリ、と喉を鳴らす音がやけに大きく教室に響いた。

 そして、まるで海に放たれた魚のように生き返ったような気がして、ぷはぁと大きく息を漏らした。


(……俺も早くコーラ飲みてぇ)


 だが、任務中に水分を取るわけにはいかない。マイロはそう自分に言い聞かせた。


(……こんな形で学校に帰ってくることになるとはなぁ)


 マイロは埃臭い空気を胸いっぱいに吸い込みながら、マイロは2年前に自分が過ごしたこの校舎を見渡し、静かに感傷に浸った

 偶然身を潜めた教室は、15歳の上級生たちが使っていた教室だった。

 本来ならば――マイロが使っていたかもしれない教室、そのものだった。


(……もし母さんが死んでなかったら、今もこの教室で学生やってたのかな)


 マイロは疲れた体を休めながら脳裏にそんなことを思い浮かべた。


(……写真部、どうなってるかな。真面目に写真なんて撮ってたの、俺くらいだったしなぁ)


 私物も全部持ち帰ったし、友達もさほどいなかった。

 学校も正直、自分には合わなかったように思う。

 だから、退学したこと自体は別に後悔していない。


(……部費で写真の勉強ができたのだけは、ありがたかったよな)


 ただ、夢をかなえるための足掛かりを失ったこと、人の道を外れかけたこと――それだけが、今も胸の奥にひっかかっていた。


(この人、マイロ……ジャックおにいちゃん……? 多分、私はジャックって呼んであげる方がいいのよね?)


 一方ミラは、電気は落ちたまま暗い教室でぼんやりと見えるマイロのシルエットを見ていた。

 丸刈りの頭は、触れたらチクチクして気持ちよさそう――ミラはそんなことを考えていた。


(何歳なんだろう……? 中学生には見えないから大人なのかな……)


 ミラにとって、マイロはヒーローそのものだった。

 自分をあの地獄から救い出してくれた、勇敢で優しい、頼れる存在。

 大勢の人に囲まれても平然としていられる度胸、自分よりも大柄な男を一撃で倒す武術力、すらりとした細身の体躯、漆黒の瞳、ミラにやさしく微笑みかけたときの王子のようなほほえみ……。


(か、彼女とかいるのかな……!?)


 ミラがマイロへ、一方的な恋に落ちるのに時間はかからなかった。


 そう思った瞬間、ミラの心臓は高鳴った。

 だが、すぐに自分の立場を思い出して首を横に振る。


(だめよミラ! 私は王女なんだから、彼氏なんて作っちゃダメ! 私まだ10歳だし! お母様に絶対に怒られる……!)


 ミラの母は幼い頃からこう言っていた。


 ――ミラの結婚相手はお母様が決めて差し上げますから、何も心配いりませんよ


 ミラは、厳しい母の言葉をずっと素直に信じてきたし、そうするべきなのだろうと思っていた。


(だから……好きになっちゃダメなのよ!)


 ミラは自分の煩悩を否定するように顔を振る。


(……なんか様子がおかしいな、相当疲れてるっぽいけど……)

(で、でも……同級生の子は『彼氏とキスしたの♡ 秘密よ♡』って、クラスの女子全員に言いふらしてたし……。じゃあ私に彼氏がいても、おかしくない……! いや、でも……子どもだし……王女だし……でもでもでも……!)

(こんなに幼い子なのに……今日のことがトラウマにならなきゃいいんだけど)


 マイロは様子のおかしいミラが心配で少しハラハラしていた。


(でも今日は、おうちに帰ったらマイロさんのこと、絶対にお父様に報告するの! こんなに素敵な殿方に助けていただいたのって! そしたらお父様はマイロさんにお礼をするために、きっとパーティーを開いてくださるわ! 私はそこでマイロさんとおしゃべりして、仲良くなって、一緒にケーキを食べるの! あぁ〜マイロさんってどんなケーキが好きなのかしら! 好きな食べ物は? やっぱり男の人だからお肉とか、ステーキかしら? 素敵! それで私は、お礼のプレゼントをたくさん用意するの! でも男の人の好みはよく分からないからイヴァンお兄様に相談して一緒に選んでもらわなくっちゃ! それでそれで手なんか繋いじゃったりして……きゃーっ!)

(……この子、顔がどんどんニヤけてきたな……)


 辺りは暗かったが、ミラの顔が興奮で真っ赤になっているのが何となく伝わってきていた。


(手なんか繋いだら、それってもう結婚しかないじゃない! 結婚式は真っ白なドレスと、真っ白なタキシードで、永遠の愛を教会で神様に誓うの! ブーケはピンクのバラがいいけど、青いお花もロマンチックで捨てがたいわ……! それで、ち、ちちち、誓いのキスなんかしちゃったりして……! きゃーっ! そんなの、赤ちゃんができちゃうじゃない! ……えっ、じゃあキスしたって言ってたあの子は、もしかして、赤ちゃんが……!? え……!?)

(顔が青ざめた……?)


 ミラはマイロが困惑している事にも気付かず妄想を続ける。


(でも、赤ちゃんができたらきっとすっごく可愛いのよ! 私に似て、金髪で、おめめが大きくて、お城の中を走り回って……。ううん! マイロさんみたいな黒髪の男の子でも素敵! 私とマイロさんで『こら、プリンはご飯のあとよ!』って言って笑いながら追いかけて、夜は3人で川の字になって寝るの……きゃぁ! やっぱり無理、幸せすぎる……!)

(いや、ニヤけた……?)

(しかもマイロさんったら、きっと赤ちゃんの寝かしつけも上手で、おむつ替えも『任せてください』って落ち着いてやっちゃって……あぁもう、理想の夫すぎる〜〜! ……って、私、今どの段階の妄想してたの!? ばか! おたんこなす! あほ! お調子者! ばかミラ! 顔が勝手ににやけてる! 今は囚われの身なの! 非常事態なのよ!?)

(と思ったら不機嫌そうになった……)


 20歳のミラも大概だが、10歳のミラの妄想癖も酷いものだった。

 マイロは何も言わなかったが、隣にいるミラの表情が次々に変わるのを気にしつつ、小さく咳払いをした。

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